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誰もいない歩道橋で慰霊碑に手を合わせる明石市の元商工観光課長の男性=21日午前、明石市大蔵海岸通1、朝霧歩道橋
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誰もいない歩道橋で慰霊碑に手を合わせる明石市の元商工観光課長の男性=21日午前、明石市大蔵海岸通1、朝霧歩道橋
事件現場で花を手向ける明石市の元商工観光課長の男性。事故の責任を問われた刑事裁判で有罪判決を受けた=21日、明石市大蔵海岸通1、朝霧歩道橋
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事件現場で花を手向ける明石市の元商工観光課長の男性。事故の責任を問われた刑事裁判で有罪判決を受けた=21日、明石市大蔵海岸通1、朝霧歩道橋

■被告になった元明石市職員

 リビングの窓から明石海峡大橋が一望できる。あの歩道橋もだ。

 明石市の責任者として有罪判決を受けた元市民経済部長の男性(78)は事故の翌年、市外から今のマンションに移り住んだ。

 4年前に脳梗塞で倒れて体が不自由になり、現場に足を運べない。元部長は事故から丸20年となった21日、自宅のベランダから歩道橋に体を向けた。「事故を一生背負っていく」。1人、そっと手を合わせた。

 大蔵海岸は、開発部長として整備に携わり、思い入れは深い。事故前年の2000年の春、市の市民生活部と経済部が統合され、初代部長に就任。花火大会と市民夏まつりを統括する立場だった。

 補佐する次長が置かれ、まつりへの関与は薄まった。警察との警備計画の協議は一度も出席しなかった。ただ、素案にあった「自主警備」の文言が引っ掛かった。雑踏警備は主催者側の自主警備を原則とする-。警察に削除を求めるよう部下に指示したが、「これを書かないと花火の許可が下りない」との返答だった。

 結局、元部長が折れた。「どうしてあの文言をもっと問題視しなかったのか。後悔してもしきれない」。病後、なかなか出てこない言葉を絞り出す。

 あの日、商工観光課長だった男性(69)は、歩道橋から運び出される負傷者に事態の重大さを察した。意識のない高齢女性ら2人の人工呼吸を手伝ったが、息を吹き返したのかどうか。

 元部長も、露店の明かりが消えた会場で、息をしない子どもの名前を泣き叫ぶ母親の声が耳に残っている。

 2人は市幹部として遺族に謝罪して回った。悲痛な訴えに胸が押しつぶされるようだった。

 刑事裁判で元部長や元課長ら5人が在宅起訴され、一審は有罪判決。元部長は今も「自分をトップとする構図で、市の責任や事故の原因が全て明らかにされたのか」との疑念が消えない。

 2人は大阪高裁に控訴。元課長は「反感は分かっていたが、市が適切にしたことまで否定された」と目を伏せる。臨んだ控訴審でも再び有罪判決が下った。弁護士に強く勧められたが、2人は上告は断念する。「どこまでいっても、主催者の責任は免れられない」

 毎夏、並んで歩道橋で花を手向けた。執行猶予期間を終えた時も足を運んだ。「多くの人生を変えてしまった罪は一生消えない」

 21日。許されることのない、謝罪の気持ちを今年も伝えた。(小西隆久)

【連載】「あの日を背負って」(上)はこちら

【連載】「あの日を背負って」(中)はこちら

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