あなたの声とイイミミ半世紀
神戸市北区のハルコさん(仮名)は83歳。1971年、イイミミが開局した年以来の常連さんだ。
「県立美術館に行ってきたの。良かったわー」「タマムシの死骸を見つけて。ほんま昆虫の宝石」-。折に触れ、ほのぼのした話題を提供してくれる。
お宅のインターホンを押すと、朗らかな返事の後、玄関が開き、ゆっくりした足取りで迎え入れてくれた。「昔はこれでイイミミにもかけてたんよ」と、古めかしい黒電話を手に笑う。
加西で育ち、26歳で恋愛結婚。夫の転勤に合わせて転居を繰り返しながら、3人の息子を育てた。96年に夫を病気で亡くしてからは1人暮らしを続ける…。
生い立ちを和やかに話した後、しみじみと言った。「イイミミにはどれだけ助けられたか」
2011年、長男が脳内出血で他界した。47歳だった。「過労死ですわ」
葬儀では喪主を務めた。子に先立たれる「逆縁」。「泣きながらあいさつしました。孫たちの前でも、たぶん一生に1回の大泣きをして…」。うつで入院も経験した。昔はPTAや老人会などにも参加するなど活動的だったが、付き合いをする意欲も薄れたという。
心の支えになったのがイイミミ。「思ったこと、感じたこと。周りの知り合いには言いづらいこともある。電話で話すたびにイイミミの2人は黙って聞いてくれた」。閉ざしていた心を少しずつ開けるようになった。「ほんま、生きる力をもらいました」
この1年はコロナ禍もあり、お裾分け一つにも気を使う。イイミミへの電話で元気をもらう毎日だ。
「50年も続いてきたのは、みんな言葉に飢えてるんやろうね。最近の人は他人の心に寄り添う気持ちが薄れている気がする。けど、イイミミって病気の予後のこととか、何か載ったらすぐ誰かが助言してくれるでしょ。投稿してはるのは優しい人ばっかりやと思う」
人生の半分以上を共に歩んできたイイミミ。「もう、このままフォーエバーやね。100年でも200年でも続いてほしいわ」。にこやかにエールを送ってくれた。
(溝田幸弘)
〈ハルコさん 2011年2月25日の投稿〉
◆まだ夢の中にいるよう
先月、長男の会社から「出社してない」と電話が。大阪で一人暮らし。(中略)。洗面台の前で倒れてました。救急隊員の脳内出血という判断で、病院へ急行。すぐに開頭手術が始まりましたが、意識は戻りませんでした。呼び掛けにはピクッと反応するようで、好きなテニスの話を語り掛けて。友達が大勢見舞ってくれましたが、5日に亡くなりました。私はまだ夢の中にいるような気持ちです。(神戸・北、無職、女、73)
2021/2/27









