眠りの森のじきしん
■話せない動けない、だけど輝いていた。
明石市立中崎小学校の6年2組に小川直心(じきしん)君という男の子がいた。私たちは今、彼の物語をつづろうとしている。
直心君は小学2年生のとき交通事故に遭い、「脳死に近い状態」と診断された。
それでも3年生の秋に復学し、学校に通い続けた。それだけではない。ミュージカル、ブラジルの格闘技カポエイラ、マラソン、気球、海水浴、乗馬。母親の優里さん(45)と二人三脚で、いくつもの新しいことに挑戦した。
直心君を支えようとして集まった多くの人たちは、いつしか自分が直心君に励まされ、力をもらっていることに気づいた。
そんな人たちを、優里さんはおどけて「じきしんに毒された人」と呼んだ。
話すことはおろか、目を開けることも、自分で息をすることもできない直心君の周りには、いつも笑い声があふれ、強く生きようとするエネルギーを受け取ることができた。
それは「じきしんの奇跡」とでも言うべき光景だった。
その直心君が2月13日夕方、ドクターヘリで救急搬送された兵庫県災害医療センター(神戸市中央区)で亡くなった。交通事故に遭ってから1498日がたっていた。待ちに待った中崎小学校の卒業式が目前だったのに。
佐伯和樹校長(60)は、直心君が車いすに乗ったまま壇上で卒業証書を受け取れるように、体育館の真ん中に、まるで滑走路のように長さ13メートルものスロープを作る準備を進めていた。
卒業式後には、6年生と保護者が、じきしんを主役にしたイベントを企画していた。彼を中心にすえた学校づくりをみんなが受け入れ、楽しんだ。
この計画は、じきしんが亡くなり、新型コロナウイルスの感染拡大で卒業式が縮小されることになった今も、予定を変えていない。
私たちも1年半前から少しずつ取材を進めていた。
もちろん、力強く生きる直心君の姿を伝えるためだ。「脳死に近い状態」と診断されながら、医学的な定義なんて意に介さないかのように、周囲の人を元気にする不思議な男の子の姿を伝えるためだ。
その直心君が死んでしまった。人工呼吸器の管が外され、すっきりした彼の額、目、鼻、頬、唇に触れた。そもそも元気な直心君とは一度も話をしたことがないのに(それでも、何日も語り明かしたかのような気にさせるのが彼の力)、もう二度と会話をすることができなくなってしまった。
その顔は、死ぬことを断固として決意したかのような冷たさだった。「めちゃ男前でしょ」と優里さんは笑った。
優里さんは直心君が亡くなった翌日、中崎小学校に向かい、1年生から6年生まですべてのクラスを回って息子の死を伝えた。
「みんなが笑ったり、触ったりしてくれたから、じきしんは本当に楽しかったです。じきしんからは何も話せなかったし、動くこともできなかったけど、みんながいてくれたから、キラキラ輝いていました。そして、じきしんより自由なみんなは、もっともっと輝けると思います。私たちはこれからもみんなを応援していきます」
「じきしんは、本当に生き切ったと思います。みんな、本当にありがとう」
いつも周りの人に精いっぱいの感謝を伝え、笑った顔しか見せたことがない優里さんが泣いている。
子どもたちにとっても、私たちにとっても、直心君がそばにいない、たった一人の優里さんを見るのはその時が初めてだった。
◎ ◎
私たちは書かなくてはならない。死ではなく、生そのものの物語を。「じきしんに毒された人」の一人として、力強く生きた彼の姿を伝えるために。
(この連載は木村信行、勝浦美香が担当します。20回程度を予定しています)
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