5年間で3000億円以上が使われた「阪神・淡路大震災復興基金」。被災者自立支援金など、行政施策では踏み込めない個人給付の財源として、被災者支援に大きな役割を果たしてきた。その使途は、当初の住宅対策から生活対策へと比重を移し、事業内容も相次いで拡大、見直された。今後、残りの事業費をどう効果的に使うのか。新たな事業として何を打ち出すのか。5年の歩みを振り返り、基金事業を検証する。(磯辺康子、西 栄一)
条件の厳しさも問題に
事業の内訳
復興基金は、一九九五年四月、二十八事業でスタートした。当時の総事業費二千三百四十五億円のうち、七割近くは住宅対策で、二重ローンを抱える被災者の利子補給、マンション建て替えの利子補給など九事業。次いで産業対策(十一事業、事業費の二六%)が多く、仮設住宅のふれあいセンター設置・運営助成といった生活対策は五事業、全体の五%に過ぎなかった。
しかし、この五年、事業内容は被災者のニーズに合わせて大きく変化した。九七年、高齢者や要援護世帯を対象に月最高二万五千円を支給する「生活再建支援金」の実現は、最大の転換点だった。同年三月には、支給を前に、基金三千億円を上積み。国が拒み続けた「個人給付」に事実上踏み出し、生活対策の事業費が膨らんだ。
同年末には、世帯主四十五歳以上の家庭を対象にした「中高年自立支援金」の申請が始まり、翌年七月には、二つの制度を吸収して新たに「被災者自立支援金」制度の申請がスタートした。
今年三月現在、三千五百八十九億円の計画総事業費の内訳は、住宅三六%、産業一七%、生活四六%、教育など一%・の割合。実際に使われた事業費では、生活対策の割合がさらに高くなっている(グラフ)。
◆
市民の不満
基金の事業は百十三(申請継続中は五十七)にも上る。基金発行の冊子「事業概要」には、難解な用語が並び、問い合わせ先も事業別にばらばら。被災者からは「自分がどの制度を利用できるかさえ分からない」という声が相次いだ。
県復興推進課の小畠寛課長は「行政施策に関連して事業がさみだれ式に追加され、支援策を一つのパックとして被災者に提示できなかった。この点への批判は大きい」と認める。
また、自立支援金のようなまとまった額の直接給付は少なく、利子補給、経費の一部補助といった「間接的支援」が多かったことも、被災者の不満の一因。なかでも、民間賃貸住宅の家賃補助は、入居者でなく家主に助成する仕組みで、県などには「大家が家賃を減額してくれない」といった苦情が多く寄せられた。
対象となる条件の厳しさも、当初から問題になった。住宅の面積、年収、り災証明の判定など、事業ごとに多くの条件がある。対象は原則として県内。民間賃貸の家賃補助は当初、県外避難者を含めず、制度スタート後に対象になった経緯がある。また、大阪府の被災者は、もともと事業の対象になっていない。
◆
こんなことにも
五年の復興過程では、基金が財源となった事業は多岐にわたる。
観光対策では、明石海峡大橋のケーブル照明点灯などの「観光対策推進事業」に約四億五千万円。復興をPRする「テレビCM放映事業」には約一億円。
仮設住宅では、スポーツ遊具などの設置に約七千万円。公営住宅完成まで民間賃貸などに移る仮設入居者に家賃補助する事業には、十六億円が使われた。
産業分野では、新産業構造拠点地区に進出する外国・外資系企業へのオフィス賃貸料補助で、これまでに七千万円を拠出した。
一方、地域では、福祉拠点「コミュニティプラザ」の設置・運営補助が、すでに計画を上回る七十八億円に達している。
路線バスの復旧費補助、生協再建への利子補給など、その使い道は「こんなところにも?」と驚くほど広い。
神戸市企画調整部の横山公一・企画課長は「震災は被災形態が幅広く、あらゆる部分に踏み込もうとした結果」と説明する。
しかし、五年がたち、基金は、利用状況や被災各地域の事情から、内容を整理する時期にきている。
「基金として被災地全体で進める事業と、神戸市独自の事業をしっかり分けて考えることが重要」と横山課長。
県復興推進課の小畠課長は「今後は、産業対策と高齢者らの見守り活動が焦点。文化と産業を一体化した事業や、NPO(非営利組織)との協働など、新たな取り組みが必要になる」としている。
◆
雲仙・普賢岳が手本/有珠山は設立予定なし/他の地域基金例
阪神・淡路大震災復興基金の前例となったのは、長崎県の雲仙・普賢岳噴火で設けられた「災害対策基金」。この基金は千六十六億円で、一部に義援金を充てた点が阪神・淡路のケースとは異なる。被災者の住宅や生業再建を中心に、大震災よりも手厚い支援が行われた。
北海道南西沖地震でも、奥尻町で全額義援金による基金が設立された。
阪神・淡路大震災復興基金の設立後は、東京都が大災害を想定した生活復興マニュアルに「基金創設」を明記している。
一方、北海道・有珠山噴火災害では、阪神・淡路の市民グループが道知事あてに「復興基金の創設」を求める提言書を送ったが、現在までにその動きはない。北海道庁では「道の見舞金制度の内容を今回の災害に合わせて検討し、被災者支援に役立てることを検討中」という。
<復興基金5年間の歩み> | |
1995・ 4 | 兵庫県と神戸市が阪神・淡路大震災復興基金(6000億円)を設立、28事業を発表。 理事長は貝原俊民知事、副理事長は笹山幸俊市長。 |
1995・ 8 | 被災マンション共用部分補修支援利子補給など28事業を追加 |
1996・ 7 | 「民間賃貸住宅家賃補助」事業を追加、 住宅再建支援で地域要件撤廃などの拡充策を発表 |
1996・12 | 民間賃貸住宅家賃補助を県外避難者にも拡大、 高齢世帯対象の「生活再建支援金」実施を発表 |
1997・ 3 | 生活再建支援金など追加。 基金3000億円を増額、9000億円に |
1997・10 | 中高年自立支援金制度を創設 |
1998・ 6 | 生活再建支援金と中高年自立支援金を統合した「被災者自立支援金」の制度を創設 |
1999・ 3 | 民間賃貸住宅家賃補助など17事業を延長・拡充 |
2000・ 3 | 36事業の拡充発表 |
2000・ 4 | 自立支援金の申請受け付けを2005年3月末まで延長 |