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(1)住まい・まちづくり 共済制度提唱 法制化に厚い壁
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 「震災時の知事としてのけじめ」と、2001年6月12日、正式に辞任を表明した兵庫県の貝原俊民知事。阪神・淡路大震災後、約6年5カ月、復興行政のけん引役を務めてきた。しかし、復興に停滞感が漂う中での突然の辞任に、被災者からは「本当の復興はこれからなのに」と疑問の声も上がる。震災後の貝原県政の歩みを検証し、残された課題を探る。(磯辺康子、加藤正文、畑野士朗)

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計画の性急さに批判 2段階方式で住民意見配慮

 住民と行政の意見の対立が鮮明になった震災後のまちづくり。その“原点”ともいえる復興土地区画整理・市街地再開発事業の都市計画決定は、震災からわずか二カ月後だった。

 被災者から「住民を置き去りにした性急な決定」との批判が噴出したのを受け、貝原知事は、新たな都市計画のあり方として「二段階方式」の導入を提唱。「具体的なまちづくり案は住民との今後の話し合いで決まる。その時、今回の決定を修正すべきだとなれば柔軟に対応する」と表明した。道路や公園など骨格となる計画を先行し、細部は、住民と協議しながら追加、変更していくとした。

 都市計画決定を急いだのは、二カ月を超えると建築基準法による建築制限の網がはずされてしまうためだ。しかし、一九九五年二月には「被災市街地復興特別措置法」が施行され、建築制限を二年まで延長することも可能だった。

 この点について、県は「すでに作業を進めており、方針変更は混乱を招く可能性があった。行政として街の将来像をいち早く示すのが現実的だったのでは」と説明する。

 しかし、塩崎賢明・神戸大教授(都市計画)は「都市計画はもともと一段階でなければならないものではなく、何段階でも可能。『二段階方式』は、かなり無理な計画に対するエクスキューズ(弁解)のようなもの」と指摘する。

 その後、復興まちづくり事業が進められた区画整理十八地区と再開発六地区には、住民で組織する「まちづくり協議会」が百以上も生まれた。さまざまな住民提案によるまちづくりも進んだ。

 兵庫県は九九年、都道府県レベルでは全国でも珍しい「まちづくり基本条例」を制定した。しかし、まちづくり協議会役員には「この六年、県の役割がよく分からなかった」の声もあり、具体的な支援策は、今後の課題となっている。

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 約四十六万世帯が全半壊という史上例のない被害。「住宅再建」は、直後から最大の課題となった。

 貝原知事は震災の約半月後、「希望者全員に仮設住宅を提供」と発表。ピーク時に約三十万人を超えた避難所の被災者らに「安心感」を与えようとしたが、仮設住宅の立地条件などでは不満の声も上がった。

 建設された仮設は約四万八千戸。二〇〇〇年一月に入居者がゼロとなり、復興施策は第二段階へと入った。

 復興公営住宅は約三万八千戸が建設され、家賃軽減の特別措置も実現した。しかし、県営の復興住宅の高齢化率は四割に達し、コミュニティーづくりなど多くの問題が残されている。

 一方、「避難所・仮設・復興住宅」という従来の復興施策の流れに入らなかった被災者への対応も、課題となった。

 県と神戸市は一九九五年四月、「阪神・淡路大震災復興基金」を設立し、住宅再建に向けたさまざまな支援策を打ち出した。持ち家再建・購入の利子補給、民間賃貸の入居者への家賃補助などは同基金の事業。しかし、ダブルローンなどに対する根本的な支援とはならず、利用条件も制限されたことから、「国レベルでの住宅再建支援制度を」との声が高まった。

 住宅再建支援制度について、貝原知事は、住宅所有者が掛け金を出す「共済制度」を提唱。超党派の「自然災害から国民を守る国会議員の会」などが内容を議論しているが、実現へのハードルはなお高い。

 「解決とはいかないが、道筋はついたのではないか」と知事。しかし、相次ぐ自然災害で法制化を望む声が高まる今、退任が及ぼす影響は少なくない。

2001/6/13
 

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