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震災10年 守れ いのちを 第1部 生と死の境

(8)痕跡 人知れず自ら絶った命
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 震災の二年九カ月後。岡山県の町営住宅で、六十八歳の女性が自ら命を絶った。

 一人で住んでいた西宮市の文化住宅が全壊した。避難所生活で体調が悪化。故郷の岡山に戻ることを選んだ。神戸に住む妹(63)は「戻って来れるかもしれないから」と、住民票を残すよう勧めたが、復興を信じる気力は残っていないようだった。

 電気製品までそろった住宅に、姉は「ありがたい」と喜んだ。しかし、一年ほどで様子が変わった。「震災のことを話せる人がいない」。部屋に閉じこもりがちになり、知りたがっていた被災地の状況にも、無関心になった。

 親類が部屋を訪ねたとき、首にコードを巻き、冷たくなっていた。印刷会社で定年まで勤め上げ、自分の墓まで用意していたしっかり者の姉。信じられない最期だった。

 災害と自殺。その関連を調べた研究は、世界的にも少ない。

 神戸大学医学部の主田英之助手(法医学)によると、震災が起きた一九九五年、西区、北区を除く神戸市内の自殺率は、大幅に減少した。

 人口十万人あたりの自殺者は一六・一人で、前年から四人以上も減った。九一年からの増加傾向が一変した。

 震災前後の十年で、全国の値より低かったのは、この年だけだ。

 主田助手は「あくまで推論だが、被災地の連帯感や支え合いが作用したかもしれない。日々の生活に必死だったから、とも考えられる」。

 一方でその年、月別の自殺率は九月ごろから急増。九八年には、人口十万人あたり三五・一人に達した。不況の影響で全国的に増えたとはいえ、全国の値より約十人も多かった。

 医療現場の感覚も、数字と重なる。「生活再建の格差が広がるにつれ、うつの患者が増えた。自殺の増加も、不思議ではない」。神戸市長田区で精神科を開業する宮崎隆吉医師はいう。

 災害や事件後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)などを研究、治療する「兵庫県こころのケアセンター」が四月、神戸市中央区にオープンした。

 震災で注目された「心のケア」。必要性の認識は広まったが、具体的な治療法などは確立していない。同センターの加藤寛研究部長(精神科医)は「自殺は、孤独死などと違い、議論されることさえ少なかった」と話す。

 阪神・淡路では、神戸や西宮など五市が自殺者十七人を「災害死者」と認定した。日本で初めてだった。しかし消防庁の公式記録には含まれていない。

 岡山の女性の死は「十七人」にも含まれず、被災地に一切の痕跡を残していない。

 「地震さえなければ。姉はずっと、そう思っていたはず」と妹。周囲への感謝をつづった遺書の文字は、姉のものとは分からないほど乱れていた。

2004/4/27

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