「緊急ショートステイ」という制度がある。介護が必要な高齢者が被災した場合などに、緊急、一時的に入所施設で保護する。昨年、但馬や淡路地域などを襲った台風、新潟県中越地震の被災地でも適用された。
その必要性が浮き彫りになったのは、阪神・淡路大震災だった。
被害が特に大きかった神戸市長田区。特別養護老人ホーム「長田ケアホーム」は激震直後、着の身着のままの被災者二、三百人がフロアにごった返し、“避難所”と化した。家屋が倒壊し、あちこちで火の手が上がる街。安全な建物を目指した人たちがたどり着いたのが、同ホームだった。
飲み物を配り、けが人や病人に必要な処置をした後、体力的につらそうな高齢者七、八人をそのまま受け入れた。
「施設は地域に助けてもらっているという意識はあったが、災害時に助ける側に回るとは思ってもいなかった」。当時施設長だった中辻直行さんは振り返る。
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みぞうの災害。当時、行政に緊急ショートステイの発想やマニュアルはなかった。神戸市の老人ホームを担当していた永井保雄さん(現東灘区役所保護課長)も「災害を想定した施設運営はなされていなかった」と打ち明ける。
発生から二日間は、救援物資の仕分けに明け暮れた。行政が動いたのは十九日になってからだ。それも、手探り。被災していない施設に直接、受け入れ可能な人数を問い合わせ、入所を判断していった。
そんな混乱の中、長田ケアホームをはじめ、いくつかの施設は、独自の判断で行政より早く対応していた。
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震災後、介護保険制度がスタートしたこともあり、神戸市内の特別養護老人ホームの数は激増した。中でも、人口が密集する都市部への増加が際立つ(表参照)。
一方、市内の独居高齢者は、三年前と比べても約一万五千人の増加。もし今、阪神・淡路大震災のように、避難を余儀なくされる災害が都市部を襲えば、老人ホームの役割はいや応なく増す。
中辻さんは施設の役割の一つとして、「防災拠点の認識を持ち、行政任せではなく、自ら努力すること」と強調する。
実際、明るい兆しがある。
二〇〇二年にオープンした神戸市中央区下山手通の特別養護老人ホーム「山手さくら苑」。その災害マニュアルには、「災害時、近隣の要介護と要支援者、その家族を受け入れる」と明記してある。家族の中からボランティアを求めるとも。行政の判断以前の対応も覚悟している。
倉原一敬施設長は「被災すれば、ライフラインが止まるなど通常の施設運営はできず、地域の人の助けが必要になる。だから、施設もできる協力は惜しまない」。
十年がたった。老人ホームには、地域の防災拠点としての役割も求められている。(紺野大樹)
2005/1/19