北条鉄道(兵庫県加西市)でハンドルを握って28年、運転席の前に、見たこともない光景が広がっていた。3月13日午前10時6分、北条町駅(同市北条町北条)発、粟生駅(同県小野市)行き。東北のJR五能線から譲り受けた「キハ40形」のデビュー運行を見逃すまいと、13・6キロの沿道にカメラを持った鉄道ファンが詰めかけた。
運転士の大西貴己さん(53)は振り返る。「いくつものカメラがこっちを向いている。有名人になった気分だった。13・6キロずっと途切れなかった」
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加西市の第3セクターが運営する北条鉄道。通勤、通学客が多い朝夕の増便が課題だったが、2020年に法華口駅に列車の行き違い施設が完成し、1時間1往復から30分間隔の運行が可能になった。
利便性が高まった一方、増便に伴い車両が不足。当時は3両しかなく、点検時や故障発生に備えて新たな車両が必要になった。そこで目を付けたのが、21年3月、JR五能線で引退した「キハ40形」だった。
国鉄時代の1979年に製造され、元々鉄道ファンの人気が高い「キハ」。ローカル鉄道での再出発は想像以上の効果を生んだ。
3月16日に通常運行が始まると、駅で鉄印帳やフリー切符を求める人が急増。定期券利用者以外の乗客数は、昨年4月~今年2月の1カ月平均が7792人で、今年3月は1万2453人。約5千人増えた。
「カメラを持ったお客さんが増えた」。法華口駅にあるパン工房「モン・ファボリ」の男性職員(59)はそう話す。桜まつりが開かれた4月3日はカメラ愛好家でにぎわい、桜やチューリップとの共演を狙うカメラで人垣ができた。駐車場には青森、秋田など東北地方のナンバーもあった。
「キハ効果」は周辺にも広がり「モン・ファボリ」の3月の購入客数は昨年より27%増えた。クリアファイルなどのオリジナルグッズも人気で、商業施設イオンモール加西北条での販売会では通常の2倍以上を売り上げたという。
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国鉄時代の1970年代から製造され、白地に青の「五能カラー」のキハは老朽化に伴い、ほとんどが引退した。希少価値に加え、昭和から平成を駆け抜けた車両への郷愁が人々を引きつける。
旅仲間とキハ40形を貸し切った大阪府の団体職員男性(55)がしみじみと話す。「ディーゼル車は、エンジンの『息づかい』を感じる。坂道になると音が大きくなって、頑張っているなと思うんです」
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加西市と小野市を結ぶ北条鉄道が、今春から導入した気動車「キハ40形535」。車両とともに歩む人たちを紹介します。(敏蔭潤子)
