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660席を備えた大ホール=西脇市郷瀬町
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660席を備えた大ホール=西脇市郷瀬町
西脇市民会館を設計した根津耕一郎さん=西脇市郷瀬町
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西脇市民会館を設計した根津耕一郎さん=西脇市郷瀬町
壁面に設置された音響装置=西脇市郷瀬町
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壁面に設置された音響装置=西脇市郷瀬町
音を反響させる舞台の反射板=西脇市郷瀬町
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音を反響させる舞台の反射板=西脇市郷瀬町
吹き抜けのロビー=西脇市郷瀬町
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吹き抜けのロビー=西脇市郷瀬町

 1966(昭和41)年の開館以来、半世紀以上にわたって兵庫県・西脇市民の文化活動の拠点だった西脇市民会館(同市郷瀬町)が役目を終えた。昨年3月の閉館後、新型コロナウイルスワクチンの集団接種会場として利用されてきたが、今年8月末で終了。最後の仕事を終え、本格的な解体作業に入る。市民の記憶が刻まれる市民会館。設計者の根津耕一郎さん(89)=芦屋市=に設計当時の思い出を語ってもらった。(伊田雄馬)

 解体作業に向け、市民会館は9月28日を最後に館内の照明が落とされた。同日、根津さんは同館を訪れ、在りし日の姿に思いを寄せた。

 駐車場から指さしたのは、シンボルともいえる外壁の陶板の幾何学模様。「懐かしいですね。当時、市の建設課長だった石野(重則元市長、故人)さんと一緒に窯元へ行って買い求めたんです」。

 根津さんは社町(現加東市)で過ごした少年時代、自転車で西脇にも遊びに来ていたという。神戸二中(現兵庫高校)を経て進んだ神戸大工学部で建築を学び、大手設計事務所へ就職。札幌や名古屋で文化ホールの設計に携わり、脂の乗った32歳の頃に西脇市から依頼を受けた。

 「石野さんが神戸大の先輩でね。年齢は離れているけど、同窓会で会うんですよ」。同窓会で石野さんからホール建設計画を聞き、自ら売り込んだという。

 「『できるのか』と問われ、『できます』とね。当時、県内にオーディトリアム(コンサートや講演会を行うホール)を設計できる人はほとんどいなかった」

     ◆   ◆

 ガラス張りの入り口をくぐる。人けのない館内には、解体業者が引く台車の音が響く。レトロモダンな吹き抜けのロビーを進むと、大ホールが出迎える。

 「規模は小さいですが、これまでの経験をすべて注ぎ込んだ。優秀ですよ、ここの音響は」

 その一端がステージの後方に設けられた反射板だ。半円柱を組み合わせた形状の壁は音波の乱反射を生み、音に深みを与える。「音が客席に時間差で届き、複雑に聞こえるのです」。

 響きを高める工夫は客席の後方にもある。左右の壁から突き出る砂時計に似た拡散板には「音をかき混ぜる」効果があり、神戸大の恩師の助言を受けて設置したという。

 傾斜角を工夫した「段床」と呼ばれる客席も採用され、音の反響を高める。当時の最新技術を用いたホールは残響時間も優秀。根津さんは「楽器の中に人が入っているようなもの」と表現する。

     ◆   ◆

 根津さんが客席に腰かけ、演者のいないステージに視線を向ける。多くの市民バンドがその場所で輝きを放ち、その中には若き日のトータス松本さんもいた。

 「ここの欠点は、ホール全体を正方形に設計するため、ステージの裏が狭くならざるを得ないこと」

 そのため、大きな舞台装置を必要とする演劇には向いていない。劇団四季の助言を受けて設計された後継施設のオリナスホールとは対照的。「それだけ、西脇市も大きくなったということですな」とほほ笑んだ。

 60~70年代、数多くの独創的な建築を残した根津さん。本人の解説を聞けば、壊すのがよりいっそう惜しく感じられる。

 「とはいえ、今は音響もデジタルで制御する時代。このようなアナログな装置は、作れる人も使いこなせる人もいなくなっていくでしょう」

 会館を出ると、人がいない駐車場では子どもがキャッチボールし、玄関口では作業服の解体業者がしきりに出入りしている。根津さんは年季を感じさせる黒ずんだコンクリートの外壁を我が子のように眺め、最後に別れを告げた。

 「時代が変わったんです。私は壊すことに反対はしません。本当に、よく使ってもらったと思いますよ」

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