ずらりと並んだ標本箱。詰め込まれた貴石のコレクションに圧倒される。透明感のある薄紅色が美しい「バラ石英」、透き通った白色の「長石」、黄色の銅が含まれている「黄銅鉱」…。その数はざっと５００個以上。兵庫県小野市の吉田士郎さん（８１）は２５年以上、山や河原を歩いて石を集めている。

　貴石収集するようになったのは１９９３年。原子力発電所の技術者として働いていたとき、何げなく入った書店で鉱石を紹介する書籍に出合った。「老後の楽しみを探していたとき、『これだ』と思ったんです。ルーペとハンマーがあれば、お金をかけず楽しめると思ってね」

■目を皿にして下を見ながら歩く

　それからというもの、暇を見つけては貴石探しに出かけた。北は北海道、南は九州まで。百科事典やその土地のパンフレットを頼りに、各地に残された鉱山跡や、山川に分け入って目当ての石を探した。

　自宅近くの加古川にもよく行く。天気が良い晴れた日、朝から河原を歩き回る。貴石収集のこつは「目を皿にして下を見ながら歩くこと」。弁当を食べているときも箸を動かしながら落ちている石ころに目をやった。河原で偶然、出会った石好きの男性と意気投合し、自宅に招いたこともあった。

　積み重ねてきた趣味が高じ、現在は住民グループ「北播磨自然観察サポーターチーム」に所属する。加古川の河川敷で定期的に貴石探しイベントを企画し、子どもたちに自然と触れることの楽しさや貴石探しの魅力を伝えている。

　「子どもたちは珍しい石を見つけると、『すげぇ！』と素直に喜んでくれる。その純粋さに刺激を受け、私も石の良さを再確認できる」

　貴石収集を始めて四半世紀が過ぎた。近頃は一人で山や川に出かけることは少なくなったが、これまでに集めた石は、美しい見た目以上の価値を持つ。

　「自分で作った標本箱のコレクションを見ると、探し当てたときの喜びやルンルン気分がよみがえってくるんだよ。石は簡単に劣化しないし、思い出も新鮮だよね」。５００回分の思い出が詰まったコレクションを見つめるまなざしは、まるで少年のようだ。

◇達人の秘けつ◇吉田さんは版画家としても活躍し、卓越した技術で駅や風景などを描いた版画は本紙で連載された。版画にしても貴石収集にしても、吉田さんの「継続する力」には目を見張る。本人曰く、秘けつは二つ。一つは「コレクションを身近に置くこと」。常に見える所に置けば、自然と「やりたい気持ち」が湧く。二つめは「思い立ったら即行動」。「石探しは予定なんて立てない。今日行こか、と思ったら行く。思いつきと行動力やね」

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　何げないことでも積み重ねていると、途方もない高みにたどり着く。「千里の道も一歩から」。一つのことを地道に続ける北播磨の達人たちにスポットを当てる。