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米国立公文書館に所蔵されている米海軍部隊の戦闘報告書のコピー。加東市下滝野を空襲したとみられる(撮影・中西大二)
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米国立公文書館に所蔵されている米海軍部隊の戦闘報告書のコピー。加東市下滝野を空襲したとみられる(撮影・中西大二)
現在の加東市下滝野周辺。76年前、米軍機に襲われた(加東市光明寺から望む)
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現在の加東市下滝野周辺。76年前、米軍機に襲われた(加東市光明寺から望む)
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 太平洋戦争末期の1945(昭和20)年7月、兵庫県加東郡(現加東市)下滝野地区を空襲したとみられる米軍の機密文書が、米国の国立公文書館に残されていることが、神戸新聞社の調査で分かった。郷土資料の記録では住民2人が死亡したとされるが、調査や継承は十分に行われていなかった。文書の存在が明らかになり、研究者は「地域の空襲の歴史をもう一度掘り起こすことが必要」と訴える。(杉山雅崇)

 社町史などの郷土資料によると、45年7月24日昼ごろ、当時加西市にあった鶉野(うずらの)飛行場を攻撃した米軍機が爆撃後に北方へ離脱。直後に反転して下滝野地区を攻撃し、住民女性2人が亡くなった。

 米国立公文書館に所蔵されている機密文書は、米海軍の空母「ヨークタウン」所属の戦闘機部隊による「エアクラフト・アクション・リポート(航空機戦闘報告書)」。攻撃後すぐに作成が義務付けられ、任務内容が詳細に記されている。

 文書によると、部隊は鶉野飛行場を目標に、和歌山県と高知県の南約250キロの海上から飛来した。正午ごろに加西市上空に到達。機関銃、ロケット弾、爆弾などで同飛行場などを攻撃した。これを基に、神戸新聞社は郷土資料や体験者らへの取材を重ね、空襲の実態を調査。下滝野地区が空襲された時間帯や使用兵器、航路などが米軍側の記録と一致した。

 下滝野では「破砕爆弾」と呼ばれる兵器が投下されたとみられ、民家の上空で爆発。破片が周囲に飛散し、人的被害が発生した。民間人が死亡した事例にもかかわらず、加東郡誌や滝野町史などには記述がなく、隣町の社町史に記されているのみ。慰霊碑なども存在せず、地域で空襲を知る住民は一部に限られていた。

 鶉野飛行場や周辺への空襲を研究する戦史研究家の上谷昭夫さん(82)=高砂市=は「主要な軍事目標や都市への攻撃は研究されてきたが、艦載機などによる小規模な空襲は見過ごされがち。巻き添えになった民間人の被害は今も明らかになっていない部分がある」と指摘。下滝野空襲について「今後、日米双方の資料を突き合わせた立体的な研究が求められる」とする。

■下滝野空襲の経過、ツイッターで配信

 神戸新聞北播総局の公式ツイッターでは24日早朝から、「下滝野空襲」の経過を時系列で発信します。当時発生した史実を76年前と同時刻にツイートし、空襲の全貌を明らかにします。

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