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オンライン討論会に臨む兵庫高校の3人=神戸市長田区
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オンライン討論会に臨む兵庫高校の3人=神戸市長田区
兵庫、沖縄を結んで開かれたオンラインの討論会=神戸市長田区
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兵庫、沖縄を結んで開かれたオンラインの討論会=神戸市長田区

 太平洋戦争の体験者が年々減少する中、平和の尊さをどう伝えればいいのか。8月に開かれた兵庫高校(神戸市長田区)と沖縄・那覇高校(那覇市)の2年生計6人によるオンライン討論会は示唆に富んでいた。国内最大の地上戦が行われた沖縄戦を題材に、那覇高の生徒が地元で学んだ成果を紹介し、兵庫高生が耳を傾ける。戦場となった地域で語り継がれる知識を「縦軸」とすれば、同世代に広がる議論は「横軸」。両者がかみあい、深い理解と関心を引き出していた。(津谷治英)

 兵庫と沖縄は、神戸市須磨区出身で兵庫高OBの島田叡(あきら)氏が戦時中に沖縄県知事を務めた縁で交流を深めてきた。12月に島田氏の生誕120年を迎えることから、兵庫県などが関連行事を予定。討論会もその一環で企画された。

■学習の温度差

 1945年の沖縄戦は住民が戦渦に巻き込まれ、軍、民間を含め20万人以上、県民の4人に1人が犠牲となった。島田氏は最後の官選知事として、過酷な戦場で疎開、食糧調達など生命保護に取り組んだ。

 甚大な被害を受けた沖縄は戦後、県全体で戦史を語り継いできた。象徴が6月23日の「慰霊の日」。軍の組織的戦闘が終わった日で、同県は休日とし追悼行事を実施、正午には県民が黙とうする。学校ではその前後に平和を学ぶのが習わしとなっている。

 那覇高の田村知瑳乃(ちさの)さんは「小学校低学年から戦史を学んできた。体験者の講話を聞いて泣く子もいた。兵隊さんの壊死(えし)した足を切り落とす映画を見て、怖くて言葉が出なかった」と振り返る。松田侑(ゆう)さんは「学校の図書館には新聞や映像の資料が多く、悲惨な描写や写真を見ると胸が痛くなる」と訴えた。

 一方、兵庫高の生徒らは子どものころ、慰霊の日について知らなかったと正直に答えた。同高の山田美羽(みう)さんは「沖縄の人の平和に対する意識は高い。私たちも積極的に戦争を学ばないといけない」と話した。

 進行役の同高・岡田隆教諭は「沖縄との温度差を埋めるために、これからも生徒と議論しながら、知識を深めていきたい」とした。

■島田氏の遺訓

 続いて兵庫高生も、沖縄戦について自らの体験や考えを語った。

 鈴木初(うい)さんは、中学の修学旅行で沖縄に行き、沖縄戦の際に住民が避難した地下壕(ごう)、通称「ガマ」に入った。「狭くて暗い雰囲気を実際に感じた。資料、映像では分からない空気感で、多くの住民が亡くなった場所を自分に引きつけられた」と振り返る。

 熊谷菜佑(なゆ)さんは高校に入学後、先輩にあたる島田氏の軌跡を学んだ。死を覚悟して沖縄に赴任し、県民に「生きろ」と伝えたことを知った。「沖縄戦や追悼式についても関心を持つようになった。それが平和学習の動機になった」と説明した。

 その話を受け、那覇高の具志(ぐし)大輔さんは、島田氏の生き方に影響を受けたと明かした。「死ぬことが国のためといわれた時代、生命の大切さを訴えた。その思いは多くの人に広げたい」と力を込める。

 同高の上原正昭教諭は「兵庫高の生徒は島田さんのことをよく調べ、それが沖縄戦への関心につながっている。私たちも島田さんの足跡を学ぶことで兵庫との交流を深め、本土の戦争史を学ぶ糧にしたい」と締めくくった。

【島田叡(しまだ・あきら)】1901年、神戸市須磨区生まれ。旧制神戸二中(現兵庫高)卒業後、三高を経て東京帝国大(現東京大)へ入学。25年に旧内務省に入省し、各地の警察部長、大阪府内政部長などを歴任。45年1月、最後の官選知事として沖縄県に赴任。同年6月末、消息を絶つ。

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