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就任会見で抱負を語る片山安孝副知事=兵庫県庁
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就任会見で抱負を語る片山安孝副知事=兵庫県庁

 21日付で兵庫県副知事に就任した片山安孝氏(61)=高砂市=が同日、就任会見で抱負を述べた。新型コロナウイルス禍の産業・経済政策とコロナ後を見据えた地域創生を斎藤元彦知事から任されたとし「荒木(一聡)副知事と共に、躍動する県政を目指す斎藤知事を補佐し、職員一丸となって古里・兵庫の発展に尽くしたい」と力を込めた。

 片山氏は中央大卒。1983年、兵庫県に入庁して人事畑を長く歩み、管理局長や産業労働部長、公営企業管理者を歴任した。4月から県信用保証協会理事長として、中小企業や小規模事業者の経営支援に当たり、今月20日付で退職した。

 片山氏は斎藤知事から13日に就任要請を受けたと明かし「非常に厳しい時だが、期待に応えるのが職員だった者の務め。気合を入れ直した」と振り返った。

 地域創生に関しては、産業労働部長時代、若者流出対策として従業員の奨学金返済を県と企業が支援する制度を設けたが「爆発的な解決策になっていない」と反省。パソナグループによる東京から淡路島への本社機能移転計画なども追い風にしたいとした。

 働き方改革にも言及。かつて県庁が「山手の不夜城」と言われていたことに触れ、「残業した方が優秀という時代もあったが、てきぱきと早く終わる方がいいと意識を変えたい」と強調。「県職員は極めて優秀だが、変化への先取りはなかなかできていない」と指摘し、新知事のもとで職員の力を引き出すことにも意欲を見せた。(大島光貴)

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 21日付で就任した片山安孝・兵庫県副知事(61)の就任会見の主なやり取りは次の通り。

 「知事から(就任の)要請を受けたのは先週月曜(13日)。知事の就任後、初めて話した。『現在コロナ対策で大変な状況にある。経済、産業政策をしっかりやりたい。また、コロナを乗り越えるために地域創生にも取り組みたい。県庁での経験を生かしてこの難局を乗り越えるのに手を貸してほしい』と言われた。

 返事をするのに考えたことが二つある。一つは知事から今のように言われ、もう一度、兵庫で暮らす全ての人のために頑張ろうと決意を新たにした。二つ目は、38年間勤めた兵庫県庁に恩返しをしないといけないと考えた。

 斎藤知事と面識はあった。東日本大震災後に応援職員派遣をした当時、人事課長や管理局長だった。宮城県・気仙沼現地支援本部の責任者として応援にも行った。斎藤知事が宮城に出向していたことから何度かお会いした程度だ。

 副知事としての仕事は、知事の補佐をしなきゃいけない。このことに尽きる。その点で二つ考えた。

 一つは仕事の進め方。知事は総務省の自治部門、兵庫県の出身だが、兵庫県政とは接点が非常に少ない。職員、関係団体との間に入り、仕事を進めたい。職員の皆さんが働きやすいようにしたい。トップが変わればやり方が変わって当然。新しい知事になり、仕事のやり方は変わってくる。それを職員に行き渡らせなければいけない。

 二つ目は具体的な仕事。先ほど辞令交付の時に担任事務について通告を受けた。産業、経済部門については信用保証協会理事長として、コロナ禍で大変な中小企業、小規模事業者への支援を行ってきた。県庁の動向については、問題なく把握できている。次に地域創生。ポストコロナをにらんでやらなきゃいけないと思っている。3年前まで産業労働部長をしていたが、その時の最大課題は若者流出対策だった。簡単なことのようで難しかった。高校生まではみんな兵庫県に住んでいる。大学はどこに行ってもいいが、兵庫県の企業に就職してもらおうとすると、なぜか就職してくれない。一つの策として、企業とタイアップした兵庫型の奨学金返済支援をして、一つの答えを出したつもりだったが、爆発的な解決策にはなっていない。非常に課題だと思っている」

 -自身の人柄についてどう考え、副知事としてどう生かすのか。

 「人事畑が長かったが、職員の採用試験をするときに、判定する要素が二つある。一つは、コミュニケーション能力があるかどうか。二つはその職員が楽天的かどうか。ついているか。明るいか。私も話をするよう心掛けているし、フットワーク軽く頑張っていこうと。その点については、何とか知事を支えてやっていけるのではないかと思っている」

 -若者の人口流出に今後どうアプローチするのか。

 「若者は東京、大阪、京都の大学に行って、戻ってこない。『古里で暮らすといいことがある』とやりたいが、3年やったが難しかった。地元で就職するといいことがあるということを何とか若者に訴えたい。兵庫の企業に就職したら奨学金を返すのに、県庁と企業が組んで手伝った。ただ、解決策は難しい。一つだけ、パソナ(グループ)が淡路に進出するというのは大きな動き。コロナで東京で働かなくてもいいのではないのではないか。リモートで仕事ができるとなって、東京の企業じゃなくても同条件だよと打ち出せるようになったのかな。ポストコロナに絡めて考えたい」

 -斎藤知事はどういう方か。

 「全て知っている訳ではないが、一つは若くてエネルギッシュ。いろんなことをやっていこうという姿勢に富んでいて、尊敬できる。二つ目はついている。もっている。新県政推進室の人事を見ていて、知っている人ばかり集めたというが、人事面や財政面、広報戦略で一番の者を集めてくれといったらそうなる。たまたま知っている者を集めたらそうだった」

 「知事は神戸市内の出身と伺っているが、私は高砂市。古里のために頑張られるのではないか」

 -副知事のオファーを受けた時の感想は。

 「ごっつい仕事がきたなと思った。今の社会情勢の厳しさは、信用保証協会でも大変だった。経済的にまだら模様だが、観光、飲食業は非常に大変。非常に厳しい時にというのが一番目に出てきた。その中で、私も県庁は38年おって、一番長いのは人事部門だった。言ってもらったときは、期待に応えていくのが職員をやっていた者の務め。『経験を生かして』と言われたので、『頑張ってやらなしょうがない』と、気合を入れ直した」

 -職員にどうなってほしいか。

 「県職員は極めて優秀。よく頑張るが、変化を先取りすることについてはなかなかできていない。社会、経済情勢が速く動く中では難しいが、デジタル化などについて対応してほしい。トップが変われば変わる。公営企業管理者時代のことを一つ例に出すと、私に変わったが、テクノポリス開発で部下は以前と同じようにしようとする。サッカー場を一生懸命作り、街の雰囲気はよくなったかもしれないが、土地が売れるかは分からない。職員はサッカーの次は何やとなったら、『野球場や』と。私は『バスターミナルやろうか』と言った。テクノポリス振興のためにという基本線は一致しているが、トップがどう思っているか見ないといけない。職員にはその辺りを頑張ってやっていってほしい。それを誘導していくのが務めだと思っている。ただ私は61歳で知事は43歳。知事の斬新な頭に追いつけるかどうか自信がない。職員の力を出す部分などを頑張りたい」

 -県庁での経験をどう生かすのか。

 「一番長かったのは人事部門。職員の力を引き出したい。職員一丸となれば、1足す1が2以上になる。職員が働きやすい職場をつくりながらやりたい。それから得意分野。一番経験してきた産業労働部門、地域創生について取り組んみたい。38年間職員やってきた中で、一番すごい経験だったのは阪神・淡路大震災。そういう時、緊急時の対応は滞りなくやらないといけない。普段からの訓練を十分していかないと痛感している。震災を若い職員に伝えたい。26年以上前で、私も班長になる前だったが、兵庫県がうまくできたのは、職員層が厚い団塊の世代が管理職にいた。だから乗り越えてきたと思っている」

 -斎藤知事は県政刷新を訴えたが、結果的に県出身の副知事が2人そろった。どういったスタンスで職務に臨むのか。

 「基本的な考え方として、変えるべきものは変えたらいいというスタンス。やめた方がいいものはやめる。県民に大きな影響があるかは注意深く見ないといけないが、職員のときから『さっさとやめようか』という部類だった。知事が変わって、職員から『見直してもらえないか』と言われたら、一緒になって進めていけるのでは。私自身も『変えていった方がええな』と思っていることもある。そういうところは、提案をしていける余地もあるんじゃないか」

 -最優先に取り組みたいことは。

 「最優先かどうかと問われると二つある。コロナに対する対応をどううまくやるか。県庁全体に求められている。医療面や産業振興面もある。そこで斎藤知事から言われた。コロナは必死になってやる課題だが、その向こう側に何があるかを見なきゃいけない。(知事は)コロナの向こうに地域創生をご覧になっている。コロナを一生懸命やるが、もうひとつ向こう、ポストコロナ、ウィズコロナを見てやっていかないといけないということは求められているのでは」

 -県庁にいた時に変えたかったことは。

 「産業労働部長をしていた時思ったのは予算査定を延々とやる。こっちは早く実行したい。予算査定は大事で、絞らないと財源がない。力入れるのは当然だが力入れすぎだ。所管する産業労働部で、部長に『やれ』と任せてやった方が知恵が出てくるかもしれない。財政課に言ったら嫌なやつが副知事になったと言われるが、もうちょっといい工夫ができないのか。もう一つは、私らの世代は時間を掛けて残業してやった方が優秀というのが染みついている。団塊の世代の人がそうだった。そうじゃない。てきぱきとやる方がいいよ、早く終わるほうがいいよと意識を変えていきたい。松下幸之助の著書『道をひらく』を読んだが、『額に汗しないで働いているのも評価すべきだ』と書いてあった。(県庁は)『山手の不夜城』と言われていた。若い頃ずっと残業していたが、働き方を変えるのは一つの手かな」

 -荒木一聡(かずあき)副知事との役割分担は。

 「事務分担については各部局ごとに分けるというのが県の慣例。私が局長だった時に、荒木副知事は(上司の)部長だった。副知事を担ったときも、荒木さんは前からいる。筆頭副知事に対し、私が仕えるスタンスになると思っている」

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