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戦争や震災など、自身の歩みを振り返る神戸大名誉教授の芹田健太郎氏=神戸新聞社(撮影・坂井萌香)
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戦争や震災など、自身の歩みを振り返る神戸大名誉教授の芹田健太郎氏=神戸新聞社(撮影・坂井萌香)
阪神・淡路大震災では多くのボランティアが被災者を支えた=1995年1月、神戸市長田区
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阪神・淡路大震災では多くのボランティアが被災者を支えた=1995年1月、神戸市長田区
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■誰かが取り残されていないか問うこと

 最後の一人まで、救う、支える、寄り添う。阪神・淡路大震災の被災者支援を通して広く浸透した言葉である。その理念を提唱して「救援の哲学」として根付かせたのが、神戸大学名誉教授で神戸在住の国際法学者、芹田健太郎さん(80)だった。東日本大震災などの災害現場でも、この言葉は支援の行動原理とされた。コロナ禍では、一人一人の命を守る医療・行政の使命感を端的に言い表した。社会が試練に直面した非常時にこそ、この言葉は力を持つ。その意味を改めて考えたい。来春で神戸を離れるという芹田さんに、その心について聞いた。(論説委員室・三上喜美男、勝沼直子)

■救援の哲学、阪神・淡路後に浸透

 支援や救済の理念として、「すべての人」ではなく「最後の一人」を強調してきた。なぜでしょうか。

 対象を単に「人間」と表現すれば、抽象的に捉えられてしまう。具体的に一人一人に注目しなければならないと考えた。100人の被災者がいれば、「最大多数」とされる99人の次の、残された1人のことだ。

 災害の現場を思い浮かべてほしい。河川が氾濫し、孤立した人がいたら、ヘリコプターで救助する。「最後の一人」まで全員を助けようとするでしょう。効率などを抜きにして。

 大事なのは「誰か取り残されていないか」という見方ができるかどうか。一人一人を思い、「あの人がいないのでは」と問う。それが現場で求められる対応だ。

 阪神・淡路大震災3年の節目を前にした1997年12月、神戸新聞の客員論説委員として執筆した原稿に「最後の一人という言葉には我々は特別な思いをもっている」とある。「最後の一人が助け出されるまで、我々は必死に祈り、助け出されて安堵(あんど)した」と。

 取り残された被災者が多くいた。大阪の病院に入院した負傷者には兵庫県の支援が届かなかった。外国人にも当初は義援金などの金銭的な支援が乏しかった。母国の総領事が被災地を離れ、居住の事実を証明できずにいる例もあった。

 私は震災後、当時の貝原俊民知事が立ち上げた外国人県民復興会議の座長に就任した。「内外人平等」や「同じ場所にいた人はみんな同じ扱いに」と知事に直接求めた。「最後の一人まで」と言わなければならない状況が現実にあった。

 「たった一人でも」という言い方もしている。

 哲学者のベンサムは「最大多数の最大幸福」を説いた。ところがコロナ禍でもそうだが、何かが起きれば必ず誰かが取り残される。行政の幹部からは「最後の一人までは無理」という声も聞いた。しかしどんなに困難でも、支援の理念は「最後の一人まで」でなければならない。

 そこに人がいる。その「一人」を誰が救うのか。「たった一人でも」は非政府組織(NGO)やボランティアの信念であり、「最後の一人を切り捨てない」は震災後に私たちが共有した感性と言える。

 NGOやボランティアを行政の補完的役割にとどめるような考え方があるが。

 それはおかしい。社会福祉協議会などがボランティアを仕切る例が増えているけれども、災害は毎日あるわけではなく、行政関係者もよく分からずにやっている。多くの現場を経験しているNGOなどの方が災害の現実に詳しく、団体同士の横のつながりもある。

 国や自治体は施策の「公平性」を持ち出すが、NGOやボランティアは災害のたびに異なる現場で目の前の被災者を助ける。必要とされる支援が「公平」な形かどうかはあまり意味を持たない。国や行政の枠を超えて自由に動くのが、NGOやボランティアなのだから。

 「最後の一人まで」の先駆者とも言える法学者牧野英一の著作も発掘した。

 関東大震災のことを念頭に置いて関連の文献を調べるうちに、著書「最後の一人の生存権」を見つけた。今ではほとんど知られていないが、私たちの考えの根本はここにある。すごい人物だと評価している。

 来年3月には横浜に転居する予定と。

 以前から80歳になれば、妻、子、孫の住む横浜に移ると約束していた。活動は若い世代にバトンタッチするが、兵庫や神戸には今後も自分なりに関わり続けたい。

■法学者・牧野英一の著作「最後の一人の生存権」

 牧野英一(1878~1970年)は、明治から昭和にかけて業績を残した刑法学者。東京帝国大学教授を務め、監獄行政の改善を促す立法措置などに関与した。

 「最後の一人の生存権」は札幌での講演を基に1924(大正13)年に発行。関東大震災で、借地借家調停法(当時)が地主や家主によるむやみな入居者追い立てを禁じ、それが「復興の基礎を築いた」と指摘する。国民の連帯を育む社会事業や社会政策は「最後の一人の為(ため)に生存権を保全せんとする理想を意味する」「20世紀の憲法上の事項でなければならぬ」とも述べた。

■最大多数の最大幸福から脱せよ震災3年を前に掲載された「21世紀への針路」から

 仮に、ここに100人がいるとすれば、多数は51人、重要問題を決める際の3分の2多数は67人、そして、最大多数は99人である。つまり、我々の民主主義では、最後の一人はどうしても切り捨てられる。だが、最後の一人という言葉には我々は特別な思いをもっている。3年前の、あの1月17日、身を切る寒い闇の中の救出作業、その後の壊れた建物の中からの救出でも、最後の一人が助け出されるまで、我々は必死に祈り、助け出されて安堵(あんど)した。その最後の一人の重さである。

 (中略)

 さて、現代社会の現実では、多数者は常に強く、少数者は弱い。地震のときの経験に照らせば、弱いのは、高齢者、障害者、こども、外国人、失業者などの少数者であった。経験的に、多数者の幸福は常に確保されている。

 (中略)

 我々の経験では、最後の一人の生存権の根拠は我々の人間としてのつながりにこそある。今こそ、立法・行政原理としては、最大多数の最大幸福から脱却し、少数者の幸福の徹底した重視へと転換しなければならないであろう。

 (1997年12月27日付朝刊掲載)

【せりた・けんたろう】1941年、旧満州(現・中国東北部)生まれ。京大法学部卒。神戸大大学院国際協力研究科長を務め、国際人権法学会理事長、阪神・淡路大震災を機に発足したNPO法人「CODE(コード)海外災害援助市民センター」の初代代表理事、兵庫県国際交流協会運営委員会委員長などを歴任。「憲法と国際環境」、著作集(全13巻)など著書多数。神戸市在住。

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