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震災直後の大国公園のクスノキ。緑の葉がなく枯れたように見える=1995年5月、神戸市長田区本庄町2(松元さん撮影)
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震災直後の大国公園のクスノキ。緑の葉がなく枯れたように見える=1995年5月、神戸市長田区本庄町2(松元さん撮影)
被災樹木の記録集をまとめている松元廣美さん(右)と宮田和男さん=加古川市
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被災樹木の記録集をまとめている松元廣美さん(右)と宮田和男さん=加古川市
樹勢を取り戻した大国公園のクスノキ=2021年12月(宮田さん撮影)
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樹勢を取り戻した大国公園のクスノキ=2021年12月(宮田さん撮影)
神戸新聞NEXT
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 阪神・淡路大震災時、大火に見舞われた神戸市長田区・鷹取地区の大国公園(同区本庄町2)で延焼を防いだ木々の被害や再生過程を、兵庫県内のベテラン樹木医2人が記録集にまとめている。樹木が持つ防災上の役割や生命力を伝えようと執筆。震災直後からの変化を写真を交えてつづり、1月中にも自費出版を予定する。(長谷部崇)

 兵庫県加古川市の松元廣美さん(92)と朝来市の宮田和男さん(81)。松元さんは震災が起きた1995年から大国公園に通い、被災した樹木の撮影を続けた。足を悪くして2015年でいったん途切れたが、20年から宮田さんが引き継いだ。

 阪神・淡路では公園の樹木群が火災の焼け止まりに役立ったケースが相次ぎ、公園や樹木の防災機能が見直された。大国公園は、近くにある鷹取商店街の大規模火災で火に囲まれたが、葉に水分が多いクスノキなどの木が延焼を防いだとされる。焼け残った公園は救援活動の拠点にもなった。

 当時、松元さんが会長を務めていた兵庫県樹木医会(現日本樹木医会兵庫県支部)は震災4カ月後の95年5月、樹木の被害状況を調査。神戸市内の神社や公園など13カ所を2班に分かれて回り、松元さんの班は大国公園を担当した。

 「周りは焼け野原。1キロ先の新長田まで見通せるほどだった」と松元さん。公園の木々は、熱風や炎の激しさを物語るように外側の幹が黒く焦げていた。常緑樹のクスノキは葉が落ちて全体が褐色にくすみ、枯れてしまったように見えた。

 ところが数日後、仲間が写真を現像すると、クスノキの枝から1本の赤い新芽が吹いているのが写っていた。「枯れたと思ってたけど、生きとんだ!」。松元さんは驚いた。翌6月、再び一人で公園を訪れると、無数の小枝が見えた。

 樹勢は年を追うごとに回復した。黒焦げの樹皮ははげ落ちたが、露出した木質部を新しい樹皮が少しずつ巻き込んでいった。

 記録集は「大国公園被災木・その姿を追い続けた樹木医の記録」と題し、そうした変遷を収める予定。2人は「驚くべき生命力。まだ傷跡が残る木もあるが、震災の生き証人として、市民から見守られる存在であり続けてほしい」と話す。

 A4判、約40ページ。200部を出版予定。価格未定。宮田樹業TEL079・677・0418

【大国公園の被災樹木】日本造園学会の調査委員会は1995年6月にまとめた報告書で、震災が起きた同年1月17日の大国公園を「風上であったが、相当な熱気で一時は居られないほどだった」とし、クスノキの延焼防止効果を紹介した。同調査委は公園の樹木27本のうち10本を「被害度A」(全焼、倒木、もしくはほぼ樹冠全部の葉が褐変し、枯死も危惧される状態)と判定したが、その多くは再生して現在も残る。

【特集ページ】阪神・淡路大震災

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