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阪神・淡路大震災時、公衆電話に安否を伝える人が列を作った=1995年1月17日、神戸市灘区のJR六甲道駅付近
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阪神・淡路大震災時、公衆電話に安否を伝える人が列を作った=1995年1月17日、神戸市灘区のJR六甲道駅付近
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公衆電話の必要性を訴える日本公衆電話会兵庫支部長の岡本美治さん=神戸市須磨区寺田町1
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公衆電話の必要性を訴える日本公衆電話会兵庫支部長の岡本美治さん=神戸市須磨区寺田町1
公衆電話に並ぶ人々=1995年1月17日、神戸市東灘区
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公衆電話に並ぶ人々=1995年1月17日、神戸市東灘区

 1995年の阪神・淡路大震災時、安否などを伝えるために活用された公衆電話が、全国で当時の約6分の1に減った。27年前、固定電話の不通が相次ぎ、順番待ちの列が見られたが、携帯電話の普及に伴い撤去が続く。一方で、災害時に回線が混んでもつながりやすいため、大切な人と連絡を取り合う「最後のとりで」を守ろうと、積極利用を呼び掛ける動きもある。

 「『やっと連絡取れたわ』と喜ぶ声を聞くとうれしかった」

 阪神・淡路大震災の火災で、営んでいた神戸市須磨区の喫茶店が全焼し、数カ月後、焼け野原に建てた仮設店舗に公衆電話を設置した岡本美治さん(79)は懐かしんだ。今も店外に緑色の公衆電話を1台置く。

 NTT西日本によると、震災直後の95年3月、県内に3万3319台あった公衆電話は、2021年3月に83%減の5798台になった。利用が少ない電話の撤去が進んでいるという。

 公衆電話は災害に強く、大地震などが起きるたびに注目されてきた。

 電話が混み合っても通信規制の対象外となり、優先的に取り扱われる上、電話回線を通じて代替電源を持つNTT局舎から給電しているため、停電時も通話は可能。東日本大震災が発生した2011年3月11日も東日本全域で前日に比べ約10倍の利用があった。

 岡本さんは「携帯は電源がないと使えない。公衆電話は、災害時に家族に安否を伝えるために必要な連絡手段。残すために普段から利用を」と呼び掛ける。

 自らも発信する際、必ず緑の電話を使う。使い方を知らない若者も多いため、電話を置く自営業者らでつくる「日本公衆電話会」兵庫支部長として小学校などで広める活動も続ける。

 そうした中、政府は避難所などに設置される災害時用の「特設公衆電話」について、費用を支援する方針を示した。兵庫県内では、同電話が小学校や公民館などに4005台(21年3月時点)あり、NTT西は通常の公衆電話と合わせ、設置場所を自社サイトで公開している。

 同社は「大規模災害発生時などに公衆電話はつながりやすく頼りになる。最寄りの設置場所や使用方法を確認してほしい」とする。

(大島光貴)

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