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命の尊さを伝え続ける。母と弟の写真の前でそう誓う「語り部KOBE1995」代表の長谷川元気さん(前列左)と前代表の田村勝太郎さん(同右)ら=神戸市中央区東川崎町1、ひょうごボランタリープラザ(撮影・吉田敦史)
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命の尊さを伝え続ける。母と弟の写真の前でそう誓う「語り部KOBE1995」代表の長谷川元気さん(前列左)と前代表の田村勝太郎さん(同右)ら=神戸市中央区東川崎町1、ひょうごボランタリープラザ(撮影・吉田敦史)

 1歳と3歳の弟を亡くした。帰省中の次男は成人式直後に犠牲になった。停電した分娩(ぶんべん)室で産声を上げた-。どれも、市民グループ「語り部KOBE1995」のメンバーの体験だ。

 阪神・淡路大震災が起きた1995年1月17日からちょうど10年後の2005年1月、グループは結成された。神戸を拠点に、これまで全国の約1万5千人に教訓を伝え、現在は遺族や被災者、防災研究者ら20~80代の10人が活動する。

 震災当時小学2年だった小学校教諭の長谷川元気さん(35)は、神戸市東灘区の自宅アパートが全壊。母規子(のりこ)さん=当時(34)=と弟翔人(しょうと)ちゃん=同(1)=を失った。

 体験を伝える時、必ず2人の写真を見てもらう。語るのは楽ではない。でも「大切な人が生きているのは当たり前じゃないことを知ってほしい」との思いが勝る。

 元小学校教諭の田村勝太郎さん(80)は崩れた自宅から、母が若者に助け出された。底冷えする避難所ではジャージーをもらった。

 みんな被災者。家族を亡くした人もいたのに優しさと温かさがあふれていた。避難所運営に尽力した神戸市内の勤務先の学校でも、被災者は支え合っていた。「人間の素晴らしさと感謝を伝えたい」。原動力だ。

 昨年3月、代表は田村さんから長谷川さんへ。50歳近く若返ったが、田村さんは「年齢は関係ない。それぞれの言葉で命の尊さを伝える同志です」。バトンはしっかりとつながった。(藤井伸哉)

【特集ページ】阪神・淡路大震災

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