長引く新型コロナウイルス禍や物価高は、病気や災害などで親を亡くした遺児家庭の暮らしにも深刻な影響をもたらしている。小学４年のときに父をがんで亡くし、奨学金を受けて大学に進学した山下栞奈さん（１９）＝神戸市東灘区＝は「学びたくても学べない子どもたちが増えている」と明かす。兵庫県内で９日、支援を呼び掛ける街頭募金が再開されるのを前に、父を亡くした後の歩みと、遺児らの苦境について聞いた。（上田勇紀）

■面会

　栞奈さんは、大阪府岸和田市出身で、摂南大学法学部２年生。進学を機に実家を離れ、神戸市東灘区の学生寮で暮らし始めた。

　父純志さんの大腸がんが判明したのは栞奈さんが２歳のとき。勤め先の健康診断で分かり、医師に「完治は難しい」と告げられた。

　抗がん剤治療などの闘病生活は８年に及んだ。栞奈さんが小学校に入ると、父は働きながら通院を続けた。３年生になったころ、入院した。母は看病に追われ、４歳下の弟と２人、祖父母や親類宅に預けられることが増えた。

　父はだんだん歩けなくなり、話せなくなった。黄疸で皮膚や目の色が黄色くなった。父を見るのがつらかった栞奈さんは、病院が遠いこともあり、面会に行くのを先延ばしにした。

　亡くなる１カ月前。病室で栞奈さんが声をかけた。「やっと読んだよ」。読書好きの自分のため、１年生のときに父が買ってくれたハリーポッターの本だ。父はベッドに横たわったまま、静かにうなずいた。

　それが最後になった。３８歳の若さで、父は逝った。

■心の傷

　１０歳の栞奈さんは、面会を先延ばしにしていた自分を責めた。「後回しにするうち、二度と会えなくなった。後悔しても、しきれない」。周りに親を亡くした子どもはおらず、孤独な気持ちに襲われた。

　そんな思いが、遺児らを支える一般財団法人「あしなが育英会」（東京）のプログラムに参加して少しずつほぐれていく。学校とは違い、いるのは自分と同じような境遇にある子どもたち。「学校で話せないことを話せた。一人じゃないと思えた」

　中学生のころ、プログラムで出会った女子大学生に打ち明けた。「新しいことを始めて、後悔するのが怖い」。大学生は「後悔も大事だけど、前を向いて挑戦することも大事」と助言してくれた。

　その言葉をきっかけに、栞奈さんは興味のあることに積極的に取り組めるようになる。高校生になり、パート勤めの母を支えようと同会の奨学金を受け始めた。「弟にも学費が必要。奨学金がなければ、大学には進めなかった」と振り返る。

■全国リレー

　同会の奨学金を受ける学生らによる「あしなが学生募金」は毎年春秋の８日間、街頭募金を実施。病気や災害などで親を亡くした遺児や、親に障害がある学生らに向けた奨学金の財源を募ってきた。栞奈さんも高校１年から加わる。

　だが、コロナ禍で２０２０年は中止になり、２１年も１２月に一部で２時間だけ。呼び掛ける機会が減る一方、奨学金の受給生は年々増え、今年３月には８４２９人（うち兵庫県５３１人）と過去最多に。財源不足が深刻化している。

　今年は本格再開にこぎつけ、５～１２月、全都道府県をリレー形式でつなぐ。栞奈さんは神戸ブロックの代表として７月９日、ＪＲ三ノ宮駅前に立つ。「遺児家庭の厳しい状況を、社会にもっと知ってほしい」。父との写真を手に、気を引き締めた。

■手取り月収、１万２千円減も

　あしなが育英会が２０２１年に行った調査では、同会の奨学金を受ける高校生の保護者２６４７人の平均手取り月収は１０万６４８５円で、１８年から１万５００円減った。兵庫県内は１０万５７８８円で、同様に１万２千円減。２割近くはコロナ禍で離職や転職を経験しており、遺児家庭などの経済状況の悪化が浮き彫りになった。

　そこへ物価高が追い打ちを掛ける。同会が今年春に行った奨学生保護者アンケートでは「ガソリン、食料品の値上がりは家計を圧迫している。下の子の教育費にお金を回せるか。不安になる」（兵庫の４０代母親）「物価上昇し家庭経済がひっ迫して毎日大変。精神的にもかなり追い込まれている」（兵庫の５０代母親）との切実な声が寄せられた。

　国内外の遺児らに向けた奨学金の財源となる７月９日の街頭募金は、ＪＲの三ノ宮、元町、尼崎、芦屋、住吉、六甲道、明石、姫路と阪急の西宮北口、六甲、神戸市営地下鉄名谷の各駅前で、午前１０時～午後１時。街頭以外でも寄付できる。同会ＴＥＬ０１２０・９１６・６０２