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慰霊碑に献花した後、事故から20年の思いを語る有馬正春さん=21日夜、明石市大蔵海岸通1(撮影・吉田敦史)
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慰霊碑に献花した後、事故から20年の思いを語る有馬正春さん=21日夜、明石市大蔵海岸通1(撮影・吉田敦史)

 「なぜ、あの事故は起きたのか」-。子ども9人を含む11人が犠牲になった明石歩道橋事故は、21日で丸20年。最愛の家族を失った遺族らの問い掛けが終わることはない。慰霊碑がたつ事故現場に集まった遺族は、長い歳月を経てなお癒えぬ悲しみとともに、移りゆく現実を受け止め、一歩前へと踏み出していく。

 長女千晴さん=当時(9)=と長男大さん=当時(7)=を亡くした有馬正春さん(62)=明石市=は「20年というのは長い歳月だが、あの日の気持ちや光景を忘れたことはない」と穏やかな口調で語る。

 警備責任を問い、15年の歳月を要した裁判には「事故を起こせば、現役の警察官でも責任を問われるとの一石を投じられた」と自負するが、「事故自体を知らない人が増えている。風化を防ぐことはできないが、教訓とともに少しでも広く伝えたい」とも話す。

 事故後に生まれた子どもたちはそれぞれ高校3年生、中学3年生に。妻の友起子さん(51)は「あなたたちにはお姉ちゃんとお兄ちゃんがいて事故で亡くなったんだよと教えてはきたけど、正面から事故について話したことはない」。

 次女(17)が小学生の時、こんな質問をされた。「お姉ちゃんたちが生きていたら、私たちを産んでなかったの?」。友起子さんは「多分ね」と正直に答えたが、次女はしばらく考えて「ならお姉ちゃんたちに感謝せなあかんな」と笑った。

 一方で、千晴さんから1字をもらった名前の由来を調べる宿題の提出を、次女がためらったことも。「子どもなりに割り切れなさを感じている」と気付いた。

 事故のことや亡くなった2人について自分から話す気は今後もない。もしも将来、次女と次男(14)が命の悩みに直面した時は「お姉ちゃんとお兄ちゃんの出番。今ある命が当たり前じゃないって教えてあげられるから」と笑う。

 「20年間、前を向く力をもらった」と友起子さん。次女は保育士を目指し、次男も進路を決める大事な時期に入る。育った子どもたちと亡くなった子どもたち、家族6人でこれからも生きていく。(小西隆久)

【連載】「あの日を背負って」(上)はこちら

【連載】「あの日を背負って」(中)はこちら

【連載】「あの日を背負って」(下)はこちら

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