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発生から20年となった歩道橋事故の現場でレクイエムを響かせる合唱団「きらぼし」=21日夜、明石市大蔵海岸通1(撮影・吉田敦史)
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発生から20年となった歩道橋事故の現場でレクイエムを響かせる合唱団「きらぼし」=21日夜、明石市大蔵海岸通1(撮影・吉田敦史)
黙とうをささげる市職員=明石市役所
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黙とうをささげる市職員=明石市役所
朝日に照らされる歩道橋。慰霊碑に手を合わせる人のシルエットが壁に映る=明石市大蔵海岸通1
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朝日に照らされる歩道橋。慰霊碑に手を合わせる人のシルエットが壁に映る=明石市大蔵海岸通1

 明石歩道橋事故の発生から丸20年となった21日。現場の朝霧歩道橋(兵庫県明石市大蔵海岸通1)では、朝から手を合わせ、花を手向ける人の姿が見られた。教え子に、友だちに、そしてかけがえのない家族に。日が暮れると、犠牲者を悼む歌声が現場を包み込んだ。(小西隆久、長尾亮太、有冨晴貴、川崎恵莉子)

 午前6時15分 ジョギングなどで大蔵海岸に向かう人が慰霊碑にこうべを垂れる。市シルバー人材センターの男性(72)が竹ぼうきで周辺を掃いている。「今日はいつもより早めに来た。大事な日なのできれいにしたい」

 同8時すぎ 市職員が献花台を設置。

 同9時 事故の責任を問われ、有罪判決を受けた元市商工観光課長の男性(69)が献花。「自分たちはできるだけ備えた思いだが、想定を超えてあの事故が起きた。それが今に伝えるべき教訓だ」と語った。

 同11時 新人市職員23人が、研修で遺族会会長の下村誠治さん(63)の話に耳を傾ける。資産税課の西岡信樹さん(19)は「私は歩道橋事故後に生まれた職員。わが子が腕の中で冷たくなっていったという話を聞き、事故の悲惨さが具体的に感じ取れた」と話した。

     ◇  ◇

 あの日も快晴だった-。夏の日差しが照りつけ、歩道橋上にはミスト(霧状の水)が降り注ぐ。

 正午 明石市役所(中崎1)で、全職員と市民が黙とう。事故後に入庁した職員は半分を超えた。道路整備課の稲継健伍さん(26)は「日々の業務で『市民の安全を守る』との意識を強く持ち続ける責任がある」とかみしめるように。

     ◇  ◇

 子どもが歩道橋を自転車で駆け抜け、レジャー客が行き交う昼下がりに手を合わせる親子の姿。「ここで大きな事故があったんだよ」。父が子に語り掛ける。

 午後3時半 「自分も事故に巻き込まれていたかもしれない」。高橋たつ子さん(79)=神戸市垂水区=は菓子を供えてそう語った。あの日、花火を見に訪れたが、朝霧駅の混雑ぶりに引き返し、家のテレビで惨事を知った。阪神・淡路大震災で息子と娘を亡くした高橋さん。「子どもを失った悲しみと悔しさはずっと心に残る。昨日のことのように感じる。事故のご遺族も同じだろう」と涙ぐむ。

 同5時20分 事故で亡くなった男児が0歳だったときに保育園で担任を務めた山本直美さん(69)=神戸市灘区=が献花に訪れた。20年を経て慰霊碑を素通りする人の多さを実感する。「一人ぐらいはずっと思い続ける人がいてもいいのでは」と静かに手を合わせた。

 同6時 生後2カ月で歩道橋事故に遭い、草替律子さん=当時(71)=に救われた山下翔馬さん(20)は、母の佳奈さん(38)と献花に訪れた。「元気に20歳になりました。助けてくれてありがとうございましたと伝えた」と翔馬さん。「自分も子ども思いの優しい人になりたい」と語った。

 同8時半ごろ 泉房穂市長や市幹部が慰霊碑に献花。泉市長は「ご遺族に終わりがないように行政の責任にも終わりはない。事故を風化させることなく、市民の命を守ることが市の責務。教訓を日々の業務に生かす」と述べた。

 同8時42分 集まった3遺族が並んで花を手向ける。次女・優衣菜さん=当時(8)=を失った姫路市の三木清さん(52)は「20年たっても受け止めたくない。いやな思い出がたくさんある。それでも来てしまう場所だし、訪れることで風化を防ぐ意味もあると思う」と話した。

 同8時45分 声楽家有宗政忠さん(2018年に死去)が呼び掛け、発足した合唱団「きらぼし」がレクイエム「さよならの花火」を披露。有宗さんの教え子でメンバーの岡めぐみさん(41)は「この事故を伝え続けるためにも、レクイエムを次世代に継承したい」。

【連載】「あの日を背負って」(上)はこちら

【連載】「あの日を背負って」(中)はこちら

【連載】「あの日を背負って」(下)はこちら

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