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J1神戸への入団会見で三木谷浩史会長(左)と共にユニホームを手にし、笑顔を見せるアンドレス・イニエスタ=2018年5月24日、東京都内のホテル
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J1神戸への入団会見で三木谷浩史会長(左)と共にユニホームを手にし、笑顔を見せるアンドレス・イニエスタ=2018年5月24日、東京都内のホテル

 サッカー界の世界的至宝、アンドレス・イニエスタ(36)が、Jリーグ1部(J1)ヴィッセル神戸と契約を結んだのは、ちょうど2年前の5月24日だった。公式戦9連敗など、バルセロナ時代には考えられない苦渋を味わったが、天皇杯全日本選手権でクラブに初タイトルをもたらし、常勝への足場を築いた。全ては「5・24」から始まった。神戸入団の経緯やJデビューを中心に、地元紙の番記者として名手を追ってきた日々を振り返る。(有島弘記)

■衝撃の来日

 世界を駆け巡った移籍情報は2018年5月8日、スペインから発信された。「神戸入りで合意」。当時、同国の名門バルセロナからの退団を発表していたイニエスタの新天地は中国とみられていたが、一転、「KOBE」が急浮上した。

 「ほんまに来るんか?」

 「いや、(元ドイツ代表FW)ポドルスキを連れてきたし、親会社の楽天はバルセロナのスポンサーやし…」

 自問自答を繰り返しながら、練習場のいぶきの森球技場(神戸市西区)に急行した。ニュースの真偽を確認する報道陣に対し、クラブ幹部は「話せることはありません」。バルサ化を旗印に神戸の改革を始めていた三浦淳寛スポーツダイレクター(SD)とは接触できなかった。

 翌9日、YBCルヴァン・カップ湘南戦で会場入りした三浦SDを各社の記者が囲むと、報道について「現実的ではない」と獲得を否定。年俸2500万ユーロ(約32億5千万円)とされた金銭面を理由に挙げた。確かに、当時公表されていた最新のチーム人件費は約20億6800万円。イニエスタ1人で軽く上回る規模だった。

 その後も三浦SDは入団合意を否定し、交渉を主導したとされる三木谷浩史会長は試合を観戦しても無言を貫いた。

 だが、イニエスタは24日、東京に降り立ち、記者会見で神戸との契約書にペンを走らせた。

 「サインするまで(交渉の行方が)変わることは世界的によくある。心は痛かったが、(何も言わないことが)僕の使命だった」

 契約から11日後、神戸新聞の個別取材に三浦SDは、そう明かした。シーズン前半を終え、バルサ化1年目の手応えを聞くインタビューとして申し込んでいたが、取材の冒頭、SD自ら交渉の経緯を語り始めた。苦しかった胸の内を訴える目が印象的だった。

■背番号問題

 イニエスタの神戸入りを巡り、浮上した問題があった。背番号だ。

 バルセロナ時代の大半で愛用し、イニエスタを象徴する数字だった「8」は当時、MF三田啓貴(現FC東京)が着けていた。Jリーグのユニホーム要項は、シーズン途中の背番号変更を認めていなかった。

 ところが、入団会見では、背中に「8」「A.INIESTA」と入った新ユニホームが披露された。

 あり得ないことが、あり得るのか。会見翌日、いぶきの森球技場で当事者の三田を取材すると、「イニエスタが来るなら断る人はいない」と譲渡する意向を表明。イニエスタ本人からおわびの電話があったことも明かし、表情は晴れやかだった。

 当事者が了承しても、ルールとしてはどうか。心配は無用だった。

 Jリーグ側は要項の見直しを進め、会見6日後の理事会で正式にシーズン中の背番号変更を認めた。神戸側が「8」のユニホームを披露したのはフライングだったが、それが追認されるほどイニエスタ来日の歓迎ぶりは大きかった。

 また、登録上限5人の外国人枠(当時)も問題となったが、こちらはMF鄭又栄(チョン・ウヨン)がセンターバックとしての起用法に不満を募らせ、カタールへ。ブラジル人FWレアンドロもJ2東京Vに移り、イニエスタが加入しても計4人に収まった。

 選手の出入りの激しさはバルサ化に伴う改革の痛みとはいえ、主将経験者と神戸初の得点王の退団はさみしくもあった。

■いざデビュー

 イニエスタは入団会見と、神戸でのサポーターとの交流イベントを終えると、母国に帰国。自身にとって最後となるワールドカップ(W杯)ロシア大会に出場し、スペイン代表はベスト16で敗退した。

 次の焦点はいつ神戸デビューを飾るかだった。Jリーグの選手登録上、出場の最短は7月22日のホーム湘南戦だったが、W杯を終えたのは同1日。バルセロナでのシーズンを終えたままW杯に参戦したため、長期休暇が必要だった。

 デビューはまだ先だろう。そう思って夏の高校野球の兵庫大会を取材していた13日、携帯電話が鳴った。「22日に出るみたいやぞ」。裏取りを進め、一気に「イニエスタ再来日」の取材にシフトした。

 18日早朝、関西空港に直行。専用機着陸の出入り口で待ち構えると、ポロシャツ姿の男性が姿を見せた。「アンドレス!」と叫ぶファンが持つ色紙にペンを走らせた後、取材にも対応した。「22日に向けてコンディションを整えたい」。出場をほぼ明言すると、用意された車に乗り込み、新天地の神戸に向かった。

 初練習は2日後。当時は埼玉県熊谷市で国内過去最高の41・1度を記録するなど日本列島が酷暑に見舞われ、この日も晴天だった。練習後の取材でイニエスタは「アツイ」。苦笑いしながら、初めて覚えた日本語を明かしてくれた。

 気温の上昇と同じく、デビュー戦を巡るチケット販売も過熱し、不当な買い占めが横行するほど売れに売れた。結果として、2万6146人が本拠地ノエビアスタジアム神戸(神戸市兵庫区)の湘南戦に来場。同スタジアムが現在の規格になって以降、歴代最多の観衆が集まった。

 登場は、0-2の後半14分だった。

 FW渡辺千真(現ガンバ大阪)に代わって出場すると、四方八方からサポーターやファンの「オー」の大歓声。プレーを始めると、トラップ一つにどよめきが起こり、針の穴を通すようなパスに拍手が送られた。

 試合はナイター。締め切り時間を気にしつつ、未体験の興奮を肌で感じながらノートパソコンのキーボードをたたいた。

 試合後、世界的司令塔は「観客に温かく迎えられて喜ばしい日になった。これが素晴らしい物語の第一歩であると確信している」。完封負けで満面の笑顔とはいかなかったが、イニエスタの神戸生活が始まった。

■栄冠、そしてコロナ禍

 1年目の18年シーズンはリーグ戦10位。最終節前の合同インタビューでは「より強くするために市場を見て必要な選手を補強すべきだ」と語った。加入後、踏み込んだ発言をしてこなかったイニエスタの提言を、驚きを持って受け止めた。その後、クラブ側はさらに資金を投じていった。

 新シーズンに向け、元スペイン代表FWダビド・ビジャ、MF山口蛍、DF西大伍の日本代表経験者を獲得。W杯の優勝を知るビジャ、イニエスタ、ポドルスキの3人は名前の頭文字から「VIPトリオ」と騒がれ、期待感は高まった。

 だが、シーズン序盤にリーグ7連敗を含む公式戦9連敗。横浜F・マリノスに1-4で完敗した試合、動画配信サービス「DAZN(ダ・ゾーン)」の中継では、欠場したイニエスタが、観戦室の机に頭から突っ伏す場面が映し出された。度重なる失点に対する反応だったが、チームの混迷をこれほど表すシーンはなかった。

 ここから一転、夏に精力的な補強を敢行し、急浮上した。元日本代表DF酒井高徳、ベルギー代表DFフェルマーレンらの加入で守備が大きく改善。イニエスタのタクトで高い攻撃力も維持し、最終的に天皇杯の頂点まで駆け上がった。

 今季は横浜Mとの富士ゼロックス・スーパーカップを制し、最高の船出となったが、新型コロナウイルスの感染拡大がスポーツ界を直撃。J1リーグは2月下旬の開幕戦を最後に中断が続く。

 5月11日、神戸で天と地を経験したイニエスタは36歳になった。

 今年はクラブ創設25周年の節目でもある。円熟の名手はどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか。リーグ再開が待ち遠しい。

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