先端医療センター病院(神戸市中央区)と理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(同)は12日午後、人工多能性幹細胞(iPS細胞)から網膜の細胞を作り、目の難病患者の網膜を再生させる臨床研究で、兵庫県内の70代女性に1例目の移植手術を実施した。iPS細胞から作った細胞が人の体に移植されるのは世界初。同病院は「患者の状態は安定し、成功と考えている」とし、今後は腫瘍ができないかなどの安全性や、視野の改善などの効果を検証する。
臨床研究は、目の奥にある網膜が傷んで視力が急激に落ち、失明の恐れもある「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性」の患者6人に対して実施を計画。昨年7月に厚生労働省から了承され、同8月に患者の募集を始めた。京都大の山中伸弥教授が開発したiPS細胞を利用する再生医療の今後を占う研究として注目を集める。
移植1例目の女性は既存の治療を受けても視力の低下が続き、研究参加を決断したという。研究では女性の腕から直径約4ミリの皮膚を採取し、6種類の遺伝子を入れてiPS細胞を作製。網膜を保護する「網膜色素上皮細胞」に変化させ、移植するため一辺が1・3ミリ、もう一辺が3ミリのシート状にしていた。
手術は同日午後2時20分から約2時間かけて実施。網膜の下にあり病気の原因となる異常な血管を取り除き、シート状の細胞を移植した。
研究の総括責任者を務める高橋政代・理研プロジェクトリーダー(53)は「iPS細胞を使った再生医療の第一歩を踏み出せた。これをスタートとし、治療として多くの方に届けられるようにしたい」と話した。
経過が順調なら女性は3~7日後に退院する見通し。治療の効果を実感できるようになるには、手術用の液体を眼内から抜く作業などを終える必要があり、早くても術後6週間後以降になるという。(金井恒幸)
〈解説〉安全性の確認最優先
iPS細胞から作った細胞を患者に移植する世界初の手術が行われた。現在は細胞や手術の安全性を調べることを主な目的とする研究で、1例目の手術は無事終わったが、成果の確認はこれからだ。高橋政代プロジェクトリーダーは「普通の治療になるには10年以上かかる」との見方を示している。
高橋さんらはiPS細胞から作った細胞をマウスに移植する動物実験を繰り返し、腫瘍ができないことを確認してきた。しかし移植した組織が炎症を起こさないか、患者の体内で意図しない増殖をしないか、人間の患者で確かめなければ治療に結びつかない。症例の蓄積と丁寧な追跡、情報公開が重要となる。
今後は、視力回復が可能か、どんな患者なら効果が見込めるかといった評価のほか、別の手法による再生医療と比べた安定性、費用面の検証も必須だ。
難易度の高い手術、扱いの難しい細胞シートなど、医療として普及する技術になるには、まだ改善点は多い。
▼これからが本番
京都大iPS細胞研究所の山中伸弥教授の話 人のiPS細胞ができて7年という短い時間で大きな一歩を踏み出せたのは、これまでの努力のたまもので、敬意を表する。担当した移植細胞の品質の解析では、リスクをこれ以上小さくできないところまで小さくした。実際の患者でどうなるかは臨床研究をしなければ分からず、これからが本番だ。技術開発者として大きな責任を感じており、経緯を注意深く見守りたい。臨床研究では日本のあらゆる機関が協力することが患者のリスクを最小限にする近道で、今回の品質解析のノウハウを共有したい。
〈iPS細胞〉 皮膚や血液など一定の機能を持った体の細胞に、特定の遺伝子や化合物を入れることで成長の過程を逆戻りさせ、さまざまな細胞に成長する受精卵に近い能力を持たせた細胞。人工多能性幹細胞の略。開発した山中伸弥京都大教授は2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した。
〈加齢黄斑変性〉 目の奥で光を受け取る網膜の中心部にある黄斑部の機能が低下し、視野の中心部のゆがみや、急激な視力低下などが現れる病気。厚生労働省の指定難病となっている。もろい血管ができて水分や血液がしみ出して起こる「滲出(しんしゅつ)型」と、細胞が減っていく「萎縮型」とに分かれる。
2014/9/13












