日曜日。66~96歳の7人が暮らす「グループリビングてのひら」(高砂市)は、食事サービスがない。それもあって、住人の家族がしばしば訪れる。
「これ温めてね」。3階の板東初子さん(96)の部屋。次女の鈴東(すずとう)和子さん(68)=加古川市=が、サバの塩焼きが入った弁当を手渡した。
1年半前、母娘は曲折の末、ここにたどり着いた。
30代で夫を病気で亡くし、働きながら1男2女を育てた母。長らく、加古川市内の自宅で長男夫婦と暮らしていた。
しかし、7年ほど前から物忘れが増えた。あれがない、これはどこにいったと動揺し、長男夫婦とぶつかった。
2年前の冬。口論の末、家を飛び出し、寒空の下をさまよった。通行人に声を掛けられて無事帰れたが、和子さんは「離れたらどう」と提案した。誰も否定しなかった。
和子さんも仕事があり、同居は難しい。賃貸住宅を探したが、「70歳以上はちょっと…」と門前払い。見守りがしっかりした高齢者向けマンションは「数年待ち」。入居時に200万~300万円の一時金が必要なところも多く、手が出なかった。
ケアマネジャーに紹介されたのが、てのひらだった。家賃や食費などが十数万円の年金でまかなえる。小所帯なら、勝ち気な母も気を張らずに暮らせる。
「くつろいで過ごせているようで、娘としてはほっとする」と和子さん。できるだけ長い時間ここで暮らせれば。祈るような思いで週末、訪れる。
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「選択肢、本当になかったんですよ」
てのひら1階にある居宅介護支援事業所で働くケアマネジャーの鈴木裕子(ひろこ)さん(52)は振り返る。父勇吉さん(85)は2階に住んでいる。
母(85)は認知症を患い、6年前から高砂市内の裕子さんの自宅で暮らす。父も誘ったが「自由がいい」と1人暮らしを続けた。
しかし、両脚の痛みがひどくなったかと思うと、坂道を転げ落ちるように衰えていった。
食事は、裕子さんが買いだめするインスタント食品ばかり。入浴や洗濯もできない。
裕子さんは、仕事柄知る住まいを思い浮かべた。広さや見守りがあるサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は月20万円近くかかる。
「高齢者向け」と名乗り、家賃が安い集合住宅もあるが、部屋の中に便器がむき出しで置かれたような所が多い。てのひらに空き室があるのを知り、父ともども即決した。
「神経質な人だけど、自分なりに共同生活を送れているようです」。裕子さんは苦笑する。
「父も一人は限界と感じたんでしょう。私の心の重荷も考えてくれたのかもしれません」(宮本万里子)
2015/10/24