玄関を入ると、すぐ右手からおしゃべりや笑い声が聞こえる。
8月末から取材に通う「グループリビングてのひら」=高砂市。1階の居間はいつもにぎやかだ。2、3階に住む66~96歳7人の憩いの場だけでなく、地域のデイサービスにも使われている。
よく顔を見掛けるのが、四元喜久子さん(81)。書道やお菓子作りなどの活動にも積極的に加わる。
「頭使うの、面白いのよ。部屋にこもってたって仕方ないもの」
笑顔を絶やさない四元さんは入居2年。尋ねたいことがあった。
なぜ、ここで暮らしているのですか?
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居間から3階の個室に移る。入り口には表札。「お邪魔します」と引き戸を開ける。
南と西にバルコニーがある角部屋。日差しが明るい。約25平方メートルに、ベッドや机がすっきりと収まっていた。
棚の上には赤いトースター。「パンと一緒に卵も焼けるの。この部屋は、入居の時に買いそろえた物ばかり」
高砂で育ち、26歳で結婚した四元さん。市内に一戸建てを構え、2人の娘が嫁いだ後は、夫婦の穏やかな日々が続いていた。
3年前、夫(87)の持病が悪化し、介助が必要になった。食事、着替え、排せつ。昼夜問わず目が離せない。四元さんも加齢で股関節が弱り、つえがないと歩けない。半年後、倒れて入院。夫は急きょ施設に入った。
「でも何とか家で頑張ろうと思ってたの」
退院後3日間だけ、2人で過ごした。夫の体を支えようとした手は、力が入らず動かなかった。自分も一人では生活がたちゆかなくなっていた。
娘たちは仕事が忙しくて同居はできない。夫と離れ、自宅も離れる決断をした。
てのひらを選んだ理由は、自宅から近いこと。家賃や昼・夕食代が月10万円弱と年金でやっていけること。何より人の気配があるのは安心だった。
最初のうちは、部屋にいると落ち込んだ。「一人になるってこういうことか」。そのたびに「お父さんも一人」と思うと気持ちが収まった。人の輪に入っていこう、と思えるようにもなった。
自宅はそのままにしてある。施設には1、2カ月に1度、顔を出す。寡黙な夫は「来たんか」ぐらいしか言わないが、大切な時間だ。
「もう一度、夫婦で暮らしたい。かなわないかしら」
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秋晴れが広がる昼下がり。てのひらの居間では、人気の絵手紙教室が始まった。
はぜたクリの絵を描く四元さん。これまで仕上げた絵手紙は17枚。まだ、誰にも出したことはない。
「お父さんに? 出してみようかな」。いとおしそうに絵手紙をなでた。
(宮本万里子)
2015/10/21