晩年をどこで誰と住み、人生を締めくくるか。家族と一緒に、一人で、それとも施設で。その選択肢が揺らいでいる。シリーズ「兵庫で、生きる」第3部は、高砂市にある「グループリビング」という、高齢者が共に暮らす住宅が舞台。地縁血縁が強いこの土地で、従来とは違うつながりを育もうとしている。秋祭りの太鼓が響くまちで、66歳から96歳まで男女7人の暮らしに密着する。
播磨灘に注ぐ加古川河口近くに、その「家」は立っていた。
高砂市の東部、荒井町。見た目は3階建ての小さなマンションだが、外壁に「グループリビングてのひら」と記されている。
9月初め、7人全員がそろう夕食の場に初めてお邪魔した。20畳ほどの居間に、低めの円い木のテーブルが二つ。牛肉と白菜の煮物やサラダ、炊きたてのご飯を一緒にいただく。
ふと向かいを見ると、小柄な女性が目を潤ませている。
「うれしい、ほんまにうれしいわ」。周りから声がかかる。「私もよ」「ゆっくり食べて」
涙を見せていたのは佐古美智子さん(82)。腎臓の病で、1カ月の入院から戻ってきたばかりだった。
「帰ってこられた。うれしい」。佐古さんはぬるめのお茶を飲みながら、繰り返した。
食事が終わり、部屋に戻る人もいれば、居間のテレビでプロ野球を見る人も。ボランティアが食器を洗うのを手伝いながら、5年半前を思い出していた。
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てのひらは2010年4月に完成。設置者であるNPO法人の理事長石原智秋さん(68)=高砂市=を当時、取材した。
1階に居間や浴室、2、3階は1人用の個室7部屋。家賃は月約6万5千円で、入居時に家賃3カ月分の敷金がいる。食事代は実費だ。
「高齢者が一つ屋根の下で支え合って暮らす場です。施設でも1人暮らしでもない、新しい選択肢が必要だと思って」
兵庫県内では初めてという。石原さんはうれしそうに説明してくれたが、ぴんとこなかった。そう簡単に、他人と暮らせるものだろうか。
疑問に思ったのは、担当していたこの地域とのギャップを感じたからかもしれない。
高砂では神社ごとに行う秋祭りが、住民を固い絆で結ぶ。「お年寄りの面倒は家族がみるもんや」。介護保険が始まった15年前、市の担当者は制度に困惑したという。
高齢者の新しい住まい-。家具も人の気配もなく、がらんとした部屋で、石原さんが描く理想の姿はまだ見えなかった。
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猛暑があっという間に去った8月末。久しぶりに訪ねた高砂の町は変わっていた。
狭い市域を行き交うのは、デイサービスの送迎車。市内の介護サービス事業者や介護保険料はこの15年でほぼ2倍になり、“福祉ラッシュ”を迎えていた。
そして、てのひらは満室となり、7人が日々を営んでいた。
病み上がりの佐古さんが喜んだように、ここは「帰る」と思える場所なのか。そもそもなぜ、7人はこの住まいを選んだのだろう。
「ボランティアさんを手伝いながら過ごしてみませんか」。石原さんに笑って促され、少しの間、共同生活に加わった。(宮本万里子)