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第9部 ゆく際(きわ)、くる人

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 兵庫県の東端に位置する川西市黒川地区。断面がキクの花に似た「菊炭」の産地として知られ、研究者は「日本一の里山」と評価する。豊かな山に点在する「台場クヌギ」は、共生の歴史の生き証人だった。

「菊炭」育む日本一の里山
菊炭。特に良質なものが茶席で使われた=川西市黒川(撮影・大山伸一郎)
菊炭。特に良質なものが茶席で使われた=川西市黒川(撮影・大山伸一郎)

 真円に近い切り口の中心から、外側の樹皮に向かって放射状に割れ目が走る。

 「断面がキクの花に似ているから『菊炭(きくずみ)』」と兵庫県の東端、川西市黒川で炭を焼く今西学さん(47)。茶道用の最高級炭で、茶聖・千利休も愛用した。

 近くで茶道や陶芸をたしなむ澤田博之さん(65)は「見た目や火の付き、持ちが良く、はぜにくい」。

 原料は里山で育ったクヌギ。黒川周辺は良質な産地だ。切り株から発芽し、約10年で炭に適した太さに成長する。山を10区画ほどに分け、年に1カ所ずつ交代で「輪伐(りんばつ)」してきた。

 切った年の異なる林がパッチワーク状に広がる景観は全国で見られた。「今は黒川ぐらいしか残っていない。『日本一の里山』と呼ぶに値する」と兵庫県立大の服部保名誉教授(70)。

 数十軒あった炭の生産家も、今西さんだけに。燃料の転換や高齢化で放置林が増え、「日本一」は瀬戸際に立つ。

共生の象徴「台場クヌギ」
菊炭の原料となる「台場クヌギ」。独特のフォルムは人と共生の歴史をつないできた証し=川西市黒川
菊炭の原料となる「台場クヌギ」。独特のフォルムは人と共生の歴史をつないできた証し=川西市黒川

 「日本一の里山」と呼ばれる川西市黒川の山あいで、どこか神秘的なクヌギ林に出会った。

 地上数十センチの太い幹から、細い枝が何本も伸びる。「炭の原料になる伝統の『台場クヌギ』です」。森林ボランティア「菊炭(きくずみ)友の会」の中川彰代表(70)が教えてくれた。

 菊炭のクヌギは、伐採した部分から枝を再生させ、8~10年ほど育てて切る。繰り返すと、土台の幹だけが徐々に太くなる。独特の形状は輪伐で歴史をつないできた証しだ。

 同会は2005年、炭焼きの講座を修了したメンバーが、自分たちで菊炭を焼こうと設立した。

 そのころ、黒川の里山では希少種のサクラ「エドヒガン」が絶滅の危機にひんしており、兵庫県は対策に頭を悩ませていた。

 エネルギー源と農業形態の変化で炭を焼く人が減り、里山は放置され荒れていた。背の高いササやつる植物がはびこってジャングルと化し、エドヒガンをはじめ他の植物の成長を妨げた。県は炭焼きを考えていた同会に里山の整備を依頼。再生への取り組みは06年に始まった。

 会員らは春から夏に下草を刈り、秋から冬にはクヌギやコナラを間伐して炭やまきの原料とした。窯をしつらえ、炭を焼いた。

 約7年の歳月を費やし、整備は一段落した。炭の品質は向上し、エドヒガンはかれんな花を咲かせた。「取り戻した里山を次の世代につなぎたい」と中川代表。遊歩道整備や、小中学生の里山体験学習にも力を入れている。

妙見信仰、鉱山…往来の要所
輪伐し、伐採した年の違う林がパッチワーク状に隣り合う。菊炭を焼く職人は「山は木を切らない方がつぶれてしまう」という=川西市黒川
輪伐し、伐採した年の違う林がパッチワーク状に隣り合う。菊炭を焼く職人は「山は木を切らない方がつぶれてしまう」という=川西市黒川

 「見ーてー! この眺め!」

 黒川の里山のほか、遠く大阪湾まで見下ろす妙見山。標高660メートル。弁当を持った家族連れや中高年ハイカーらでにぎわう。

 山頂近くに、日蓮宗の寺院「能勢妙見山」がある。山に星の王が降臨した伝説を基に、「8世紀半ば、行基菩薩(ぼさつ)の縁で北極星をまつったのがルーツ」と植田観樹住職(69)。古来、北極星は道しるべとされたことから、川西に本拠を置いた清和源氏の祖・源満仲や、隣国丹波の明智光秀とも親交のあった能勢氏ら武道や学問、芸能など道を究める人たちからの信仰を集めてきた。

 江戸期に入ると、近くの一庫(ひとくら)湯、平野湯と有馬温泉の「摂津三湯」巡りが人気を呼んだとされる。

 時を同じくして、多田銀山・銅山の採掘が最盛期を迎える。銅の製錬所があった川西市下財町の市郷土館には、重厚な和風建築や道具、製錬のかすが残り、活況をしのばせる。

 川西の文化財に詳しい郷土史研究家、岡野慶隆さん(66)は、現市域を南北に貫く旧能勢街道を中心に、にぎわいが生まれたとみる。

 「北は丹波、南は大阪などとつながり、参拝者や湯治客、菊炭や銅など、人やモノが広範囲に往来する要所になっていた」

里山の魅力発信に知恵を
秋の「黒川里山まつり」。今年も多くの行楽客が訪れ、里山の魅力を体感した=川西市黒川
秋の「黒川里山まつり」。今年も多くの行楽客が訪れ、里山の魅力を体感した=川西市黒川

 毎年秋に開かれる「黒川里山まつり」。地元産の新米おにぎりや地ビールを味わえるコーナー、新鮮野菜を扱うマルシェ、サイクリングスポットを巡るガイドツアー…。里山の魅力満載の催しに、今年は過去最多の約3300人が訪れた。

 メイン会場から徒歩5分、築約70年の古民家でコーヒーのもてなしを受けた。笑顔の主は若者たち。近畿大でまちづくりを専攻する学生で、地元の厚意で空き家を借り受け、夏から秋にかけて月1~2回、「すみっこカフェ」を運営する。

 特産の菊炭で焙煎(ばいせん)した自慢の一杯を振る舞う。行楽客やハイカーらが「おいしいわ。手作り?」「頑張って」と声を掛けていく。

 「ここは初めて来た時から、どこか懐かしい。残したい場所。それにはまず知ってもらうこと。カフェもそのきっかけになれば」。総合社会学部3年の藤田恭平さん(21)=篠山市=らが意気込む。

 会員制交流サイト(SNS)や、小型無人機(ドローン)のプロモーションビデオでPRを-。交通手段をどう充実させる-。指導する田中晃代准教授(56)は「今やらないと手遅れになる。住民の生活とのバランスにも配慮しながら、にぎわいを生み出せたら」と知恵を絞る。

 人々の暮らしを長きにわたり支え続けてきた里山。人間が自然の一部として共に生き、資源を活用しながら暮らす知恵が、いま見直され始めている。

(記事・佐伯竜一 写真・大山伸一郎、藤家 武)

東の端はこんなとこ
神戸新聞NEXT
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 兵庫県の最東端は、川西市黒川と大阪府豊能町の府県境で、国土地理院のデータなどによれば、妙見山の山上周辺に当たると考えられる。山頂近くにある「能勢妙見山」は日蓮宗の寺だが、鳥居があり、「妙見宮」とも呼ばれる。

 山頂付近にはブナの林がある。六甲山では標高750メートル以上の場所に育つが、妙見山は同600メートル以上と比較的低く、珍しい。1万年前から人の手が入っていない原生林とされ、多様な植物や野鳥が息づく。

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