「死んだばあさんに見せてやりたかったよ。この庭から見る青空を」。四月十四日、大阪市内で開かれたシンポジウムで、一人のお年寄りが発言を求めた。阪神高速神戸線沿線に住むこの人は、子供のころ正月に凧(たこ)を飛ばし、端午の節句にこいのぼりを泳がせた空を懐かしんだ。屋根より高い道路ができて、青空を奪われた。「高速道路が落ちたと聞いて喜んでいたんや。そやのに、また造るなんて。涙が出るわ」。最後は掃き捨てるように言った。
公団の復旧スケジュール発表後学者や市民らから疑問や反対の声が相次いだ。
国道43号線と神戸線を「公害道路」として訴訟中の原告団。その主張の背景には一九九二年二月の大阪高裁判決がある。
道路使用の差し止めを求めた沿線住民に、判決は「騒音、振動、排ガスなど道路公害が人体に与える悪影響は広大。だが、道路は公共的価値が高く、現存する以上、その存在を認めざるを得ない」とした。
同訴訟を担当した小牧英夫弁護士は「裁判所は撤去指示こそ出さなかったが、公害道路であることを認定した。公団には違法道路の再建が、高裁判決に背く行為との認識がないのだろうか。近畿地建や公団は、あの判決文の意味をもう一度、考えてみてほしい」と話す。
また、新野幸次郎・神戸都市問題研究所長ら兵庫県内の学者グループでつくる「ひょうご創生研究会」は「高架道路復活をやめ、懸案の道路公害改善を図るとともに、都市景観の向上、快適環境整備に役立てるべき」と提言。高架復旧工事が国道の通行制限を長引かせ、全体の復興の遅れも招くと指摘した。
さらに、物流確保の視点では、湾岸線を代替連絡ルートとして利用し、名神自動車道との連絡は西宮で南北道路を整備、西は六甲アイランド・摩耶ランプ間の連絡道路を早期整備する-とする。
代替ルートについて、塩崎賢明・神大工学部助教授(都市計画)もこんな統計を示した。
神戸線の一日の交通量は十二万台。当面、ハーバーハイウエーと結ばれた湾岸線の余力が八万台。中国道は震災以降、吹田・西宮北間で数千台増え渋滞しているが、現在、六車線中二車線がストップしており、全線開通すれば賄える。神戸市内へのルートは、43号線の高架橋脚占有部分を道路整備し、今後、中国道と阪高北神戸線との連絡を考えて確保する-。
だが、建設省内部では「市民の持つインフラ・イメージが環境との共生を重視する時代になっているのは分かる」としながらも、「緊急事態で異論を唱える暇などないとき。ましてや都市計画まで触れなければならない道路計画の見直しなど、できるはずがないですよ」(近畿地建幹部)と”内部の論理”を口にする。
米サンフランシスコでは八九年のロマプリータ地震後、高架道路は再建されず、街は海を背にした景観を取り戻した。市民が再建案を「不要」としたからだ。
復旧作業は間もなくスタートする。
(安森章、宮田一裕)=おわり=
1995/5/11