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(5)独身の集い 弱気救った仲間の電話
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 「寂しいから、五月にスズムシ買うた。育ててる間は楽しかったけど、最近は鳴き声聞いてたら、よけい寂しなって…」

 周囲から、ドッと笑い声が上がる。

 月に一度、夜のにぎわいを見せはじめた神戸・三宮で開かれる「シングルの集い」。酒におぼれる日々から抜け出し、立ち直ろうとする独身の男性たちが集まる。

 ずっとひとりの人も、かつて妻子がいた人もいる。

 「女房、子供の幸せも、酒と一緒に飲んでしまいましたわ」

 お茶を片手にした語り合いには、自らの過去への深い後悔がにじむ。

    ◆

 シングルの集いは、アルコール依存の人たちの自助グループである断酒会の、いわば分科会だ。

 神戸・ポートアイランドの仮設住宅に住む賢司さん(54)は、日々の断酒会に通うかたわら、シングルの集いにも必ず、顔を出す。酒をやめて、この十月で丸四年になる。

 結婚の経験はない。中学を出て、神戸の左官の弟子に入った。修業を終えると、田舎から呼び寄せた兄と二人暮らしを始めた。

 兄は、足が悪かった。自分が働き、兄が家事を引き受けた。それで十分、生活していけた。しかし、三十を超えたころから、酒が切れると手が震えるようになる。弁当にウイスキーをしのばせ、仕事中も飲むようになった。

 「兄貴がおるから結婚でけへん-とか、勝手な言い分を口実にして、飲んどったなぁ」

 三十六歳の時、兄ががんで亡くなると、生活はさらに荒れた。日雇いで現金をかせいで酒を飲み、金がなくなればまた働く。

 体がどうしようもなくなり、飲んだ勢いで福祉事務所に駆け込んだのが、四年前。アルコール専門外来での治療を受けるように言われ、以来、酒をやめた。

 地震が起きた時、神戸市中央区のアパートに住んでいた。倒壊は免れたが、建物は傾いていた。

 「飲んでしまおうか」

 ひとりの部屋で、余震に襲われるたび、弱気が頭をもたげた。そんな自分を救ってくれたのは、独身の仲間からの電話。

 「飲んでへんか。大丈夫か」

 ふだんの集いが、電話に変わった。互いに電話をかけ合い、近況報告をしたり、たわいない冗談を言ったり。ときには、一時間以上しゃべる。何人かが集まり、家が壊れた仲間の片付けを手伝いにも行った。

 ポートアイランドの仮設住宅を選んだのも、仲間とのつながりを保てる場所にいたかったからだ。

 今も毎朝、決まって電話をかけ合う仲間がいる。

 「相手は山口、自分は島根の出身。時々、言葉が似とるなと思う」

 電話の声に、故郷の薫りを感じる。一緒に酒をやめている仲間がいなければ、ここまで続かなかった、という実感がある。

    ◆

 「○○さんは今、入院中です」

 シングルの集いでは、代表の芦谷真隆さん(47)が顔を見せない仲間の近況を報告する。せっかく酒をやめていても、再び飲んでしまう仲間は多い。

 「ひとりもんは、酒をやめにくい。家に帰ってもすることがなくて、つい飲んでしまうねんなぁ」

 芦谷さん自身、苦労して持った店と妻子を、酒で失った。ひとりのつらさは痛いほど分かる。

 「いろんな人の話を聞いて、人生を学び、勇気づけられる。自分らを支えてくれるのは、人の温かみ」

 集いが終わるころ、外はネオンの海。参加者は、それぞれひとり暮らす家に戻っていく。

1996/9/12
 

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