「夜間に発生したら、防潮堤は閉められない」。ある企業の担当者が告げると、他の出席者に驚きの表情が浮かんだ。
昨年十一月、神戸市役所で開かれた津波防災対策検討会。市民や研究者、市の担当者ら約四十人がテーブルを囲んだ。
兵庫県が発表した南海地震の予測では、発生から約八十分で最高二・五メートルの津波が神戸を襲い、〇・五・一メートルの深さの浸水が広範囲に起きる。が、「防潮堤を閉めれば、被害はほぼ防げる」とも指摘された。
防潮堤の開閉は、市だけでなく住民、企業も受け持つ。ただ、ゆっくり接近してくる台風と、突然起きる地震とは事情が大きく異なる。
先の担当者が「閉められない」理由を続けた。
防潮堤は幅約二十メートルの鉄板。普段は道路に設けたくぼみに横たえられている。防潮堤として機能させるには、まず接続部分を覆う重さ六十キロのふた十二枚を移動させ、電動ジャッキで引き上げなければならない。常駐警備員総がかりで約九十分。
「とても間に合わない」
「できる」と思い込んでいた防災対策が、実は簡単ではないことが次第に見えてきた。
遠くない将来に発生が予測される山崎断層地震。県の予測では姫路市の震度は最大で6強。避難者は全市民の約16%、七万八千人に上る。
市内のある小学校で昨年八月、避難所運営の訓練が行われた。参加者は訓練内容を知らされず、住民らでつくる「自主防災組織」役員の指示だけで動いた。入所受け付け、班分けに続いて、救援物資の受け入れや炊き出しなどの作業へ。
日差しが照りつける体育館前で、待たされた参加者が「何で入れてくれない」と声を荒らげる。拡声器の使い方が分からない、防災ラジオが見つからない…。小さなトラブルが次々起こった。
阪神・淡路大震災などの実例を参考に実施した訓練だったが、約三百人の参加者は思うように動けなかった。
川合道生・市消防局防災係長はいう。「現場で何が問題になるのか。実際に経験してもらいたい」。そして「行政もそこが知りたい」。市は今後五年間で、この訓練を全小学校区で実施する。
研究成果によって浮かび上がってきた被害のイメージ。災害にどう向き合うのか。現実を踏まえた手探りの作業が続く。
兵庫県の調査は、地震の揺れを予測し、建物被害を想定、避難者数を算出している。有馬高槻構造線地震は六甲断層帯の一部が連動して動くと仮定。日本海沿岸地震は、一九二五年の北但馬地震の被害から豊岡市に断層を想定し算定している。
2002/1/16