遺体の写真がスクリーンに次々と大写しにされた。阪神・淡路大震災の家屋倒壊による犠牲者だった。息をのむ会場の出席者たち。畳み掛ける言葉が響いた。
「次は皆さんかもしれない」
昨年十二月、神戸市で開かれた「国際防災オープンフォーラム」。演壇から、目黒公郎・東大助教授(都市震災軽減工学)が続ける。
「住宅の耐震化が進んでいたなら、犠牲者数は五百人に減らせた」
国への異議も唱えた。被災住宅の再建支援制度は、耐震改修を済ませながらも被災した場合に限り、行政が費用負担すべきだ、と。
「すべてに補助するなら、耐震化への意欲をそいでしまう」。国民全員に危機意識を持ってもらいたいがための持論だ。
◆
宝塚市中山台の会社員徳永敬さん(34)は昨秋、自宅に壁の増設や筋交いによる補強をした。購入したばかりの築三十年の中古住宅だ。
耐震改修費の平均は三百九万円(国土交通省調べ)。徳永さんも約二百五十万円を投じた。
「悩みましたよ。でも、子どもの命を守るため。その一点です」
阪神・淡路では、一九八一年以前の旧耐震基準で建てられた住宅の倒壊率が高く、家屋倒壊が原因の犠牲者は直接死全体の88%、四千八百三十一人に上った。
震災から九年。この事実は、あらゆる機会に繰り返し示された。それでも、徳永さんは少数派のままだ。
国や兵庫県が、耐震化をしない人に尋ねた。「地震が起こってもそれほど危険でないと思う」などとする回答が、「お金がないから」をいずれも上回った。
「地震が起きてからしか効果が分からないからだ。われわれ専門家の説明責任を痛感する」と、坂本功・東大教授(建築構造学)。大学近くにも、古い木造住宅の密集地域が広がっている。
◆
兵庫県が昨年六月に始めた耐震改修工事への補助制度(最高二十万円)で、予算確保した七十五戸分に対し、利用は十三戸だった。対象となる旧耐震基準で建てられた住宅約七十八万戸のわずか0・002%だ。
全国も同様の傾向で、耐震性に欠ける住宅は約千三百万戸に及ぶ。
補助制度に限界を感じた内閣府は昨年十月、坂本教授を委員長に住宅被害軽減化の検討委員会を設け、次善の策として家具の固定や防災ベッドの普及にも知恵を絞り始めた。
◆
目黒助教授の講演は約二十分続いた。進まぬ耐震化。声のトーンが次第に上がった。
「阪神・淡路で亡くなった人が『地震が起きても、水や食料を用意していれば大丈夫』と言うだろうか。犠牲者の叫びに耳を傾けるべきだ」
◆
兵庫県内でも多くの犠牲者が想定される南海地震や山崎断層地震など、大地震は「あす起きても不思議ではない」といわれるほど切迫している。阪神・淡路の教訓は、この九年間でどう生かされたのか。防災の課題を探る。
2004/1/12