潮の香りに時折、薬品のようなにおいが混じる。姫路市網干区の「石油コンビナート等特別防災区域」。林立するタンク群を眺め、区域内に住む主婦(45)がつぶやいた。
「これだけ続くと、何だか不気味に見えてくるわね」
昨年、三重県のごみ固形燃料(RDF)発電所爆発や愛知県のガスタンク爆発など、工場火災が連続した。近年、こうした事故が増えている。
「今、企業は防災に金をかける余裕がない」と兵庫県消防課。防災に熟練した職員のリストラも見られる。危険物施設の事故の六割は操作ミスなどの「人的要因」という。
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阪神・淡路大震災の激震は、コンビナートを中心に危険物を貯蔵する県内の屋外タンク約三百基に被害を与えた。
神戸市東灘区では、大量の液化石油ガス(LPG)漏れが発生。約七万人が避難する騒ぎになった。施設は、百億円以上かけて全面改修された。関係者は「親会社が大手だからここまでできた」と振り返る。
これは例外にすぎない。
例えば、阪神・淡路で被害が集中した容量五百-千キロリットルの危険物貯蔵タンク。震災後、消防法令改正で改修が義務付けられたが、期限は二〇二〇年。県内の二百基で、改修を終えたのは十二基だけだ。
昭和シェル石油(同市長田区)の試算では、一基あたりの改修費は約五千万円。奥村元春所長は「費用を出せず、タンクを減らす企業は多いだろう」と予測する。
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東南海・南海地震について、県消防課は「阪神・淡路でも危険物施設の火災はなかった。大事故の可能性は低い」とみる。だが、河田恵昭・人と防災未来センター長は「万一の事故への備えがおろそかになるのが怖い。複雑化した都市では、予想もつかないことが起こる」。
昨年九月の十勝沖地震。石油タンクなど二基が相次いで炎上した。
「いずれも、浮き屋根式タンク。防災は盲点だった」とは、消防研究所(東京)の山田実・プロジェクト研究部長。浮き屋根式は、タンク内の液体に屋根を浮かべる方式だ。
地震で石油が揺れる「スロッシング現象」が起き、屋根から油が漏れたほか、屋根の破損や、沈んだりする被害は百十二基に上った。
タンクを研究する大学は、ほぼ皆無のため、調査は同研究所に託された。山田部長は「事故のメカニズム解明は遠い」という。炎上した原因もよく分かっていない。
兵庫県内のコンビナートには、二十四基の浮き屋根式タンクがある。阪神・淡路の際、スロッシングによる油漏れも七件起きた。当然、同じ火災の危険性がある。
石油やガスなどを集積するコンビナートは県内に尼崎、神戸、東播磨、姫路、赤穂の五地区(五十四事業所)。区域内には老人ホームや公民館も立つ。
一人ひとりの営みが、そんな中にある。
(磯辺康子、石崎勝伸、浅野広明)
=おわり=
2004/1/16