東京・霞が関。昨年末、国土交通省の小部屋に、河川局職員ら数人がこもっていた。
近年、街の中心部で頻発する「都市型水害」。その対策を盛り込んだ「特定都市河川浸水被害対策法」が四月に施行される。政令策定などの準備が急ピッチで進む。
「宅地開発や、局地的な豪雨の多発。人と資産の集中する場所で水害が起きるようになった」と、同局都市河川室の塩澤賢一課長補佐はいう。
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地震だけではない。自然災害。人の命を守る取り組みは万全ではない。
一九九九年六月、福岡市のJR博多駅周辺で起きた豪雨災害は、都市型水害の脅威を見せつけた。中でも都市の脆弱(ぜいじゃく)さをさらけ出したのが、地下空間だった。
駐車場の出入り口から、ビルに濁流が入り込んだ。地下の飲食店で女性従業員が逃げ遅れ、死亡した。
福岡市は、市内のビル所有者に「止水板」設置などを要請した。しかし法的規制はなく、思うように進まない。
昨夏にも、同じ地域が浸水した。三連休初日、土曜の未明。止水板はあっても、動かす人手がなかった。
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九九年の博多駅周辺の浸水と同じ日、神戸市では新湊川がはんらんした。地下浸水の危険性は、どの街にも潜む。
一日延べ約二十万人が往来する神戸・三宮の地下街「さんちか」。止水板などの防水設備は、同地下街につながる地上出入り口の六十カ所以上すべてにある。
大半は、階段降り口に、木やアルミの板をはめ込むタイプ。板一枚は十キロを優に超える。水が迫れば、倉庫から取り出し、人の手で運ぶ。
弱みは、現場を担う職員の高齢化だ。「六十歳以上の嘱託職員も多い」と、さんちかを管理する「神戸地下街」の宮清・施設管理部長。水で膨らむ方式の“軽い土のう”を最近導入した。
南海地震で津波による浸水が想定される同市南部には、市営地下鉄海岸線が走る。全駅に設置された止水板は、床面に埋め込まれた新式。津波到達まで約一時間半あるが、地震後のパニックの中で板を作動させ、すべての乗客を誘導しなければならない。
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「日本の地下空間は、水害を想定して造られていない」と京都大学防災研究所の戸田圭一助教授。これまで、法規制の対象とされてきたのは、主に「火災対策」だった。
新法の「特定都市河川浸水被害対策法」は、指定流域で、地下の管理者に避難計画の作成・公表を求める。
その計画作成のための手引書づくりに当たる「地下街等浸水時避難計画策定手法検討委員会」。委員の一人で、大阪駅前の地下街・ディアモール大阪を管理する「大阪市街地開発」の河向七朗・防災担当主幹が言う。
「個人のビルでは、金がかかる止水板の設置は簡単ではない。国レベルでの対応を」
大都市に張り巡らされた地下空間。一つでも「穴」があれば、水はそこから人を襲う。
2004/1/14