仮設住宅の一室。ミシンの音が小刻みに響く。中に職人が一人。その手で、伝統の「神戸洋服」を生み出す。黙々とミシンに向かう姿に見入った。気骨と気高さが漂っていた。
神戸テーラーの元木武さん(75)。神戸は注文紳士服発祥の地。明治以来優秀なテーラーを輩出してきた。元木さんもその流れをくむ。
神戸市灘区の自宅が全壊。震災の年の三月、避難先の明石市の親類宅から、神戸市西区の仮設住宅へ移った。早速、洋服づくりを再開。「仕事をしない日々など考えられなかった」。注文は絶えることがなかった。
妻と二人三脚。毎日、朝九時から深夜零時ごろまで、一心に働いた。「あまりつらい思い出がないのは、仕事のおかげかもしれない」と話す。
一九九七年五月、自宅を再建。しかし、注文は年々減っていった。既製品の波。長引く不況が影を落とす。「随分と暇になりました」とぽつり。
仮設住宅は、住居というより、洋服づくりに追われた仕事場だった。「今、西区に息子がいまして。孫の顔を見に行った帰りに、よく仮設の跡地に立ち寄るんですよ」
遠い視線に郷愁を感じた。(写真部 中西大二)
2004/5/13