「迷惑かけました」
涙を流しながら台所の床に頭をつけた女性(77)は、小さな体をさらに小さくした。
神戸市灘区の災害復興公営住宅。猛暑の二〇〇四年夏。七月二十九日の午後、保健師らが訪れると、室内から猛烈な熱と異臭が吹き出した。床には大量の小さな虫がうごめいていた。
和室のふとんに横たわっていたのは、姉=当時(82)=の遺体だった。
「姉は亡くなった」と妹は説明する一方で、「今日も一緒にごはんを食べた」と話した。「痴ほう症(認知症)が相当進んでいる」と感じた区の担当者は、衰弱していたこともあり、病院に入院させた。
姉妹はどんな暮らしをしていたのだろうか。介護保険の認定を受けていたことから、神戸市に記録が残っていた。
二人とも痴ほう症があった。それでも福祉サービスを使わなかった。体が少し不自由なため家事はできず、そうざいを買って食べた。自宅のふろは使わずに、タクシーで顔見知りのいる銭湯に通っていたという。近所の人とはあいさつを交わす程度。親しい人はいなかった。
復興住宅で安否確認などをする同市の見守り推進員が、たびたび姉妹を訪ねていた。推進員は、〇三年十二月から少なくとも十四回訪問したが、会えたのは七回だけだった。「福祉サービスを考えましょうね」などと、会話を交わしていた。最後に妹の顔を見たのは、七月五日。部屋に入ったことはなかった。
遺体は解剖され、衰弱か病気のため七月上旬に死亡したことが分かった。妹は一カ月近くも亡くなった姉と過ごしたことになる。
発見のきっかけは、近くの住人が感じた異臭だった。
部屋に入ったことのある管理人(61)は、「わしらはそこまで弱っていると知らなかった」と話す。市の担当者は「周囲の支援がかみ合わなかった。こんな結果になり、残念だ」と声を落とす。
六十五歳以上の高齢者が42%に達する復興住宅。地域から孤立し、支援の手も届かなかった高齢世帯の悲劇だった。
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復興住宅に住む被災者に、どんな支援が必要なのか。近い将来、必ず訪れる超高齢社会にここでの経験をどう生かすのか。震災から十年。復興住宅の現場を訪ねた。(網 麻子)
メモ
復興住宅の高齢化率
65歳以上の割合(高齢化率)が、20%を超えれば超高齢社会と呼ばれるが、すでに復興住宅はその2倍以上になっている。全世帯に占める高齢単身世帯の割合も、復興住宅では県平均の5倍に達している。