ファッション雑誌やブランド靴のカタログなどを広げた机に向かい、鉛筆で紙に靴のデッサンを描く。婦人靴製造のカワノ(神戸市長田区)の靴デザイナー山口なお(25)は、入社3年目の若手だがすでに約40作を製品化し、市場に送り出した。「自分の考えた靴がお店に並ぶなんて、最初は信じられなかった。友だちにも自慢してしまう」と笑った。
出身は長崎県。高校を卒業後は、JRの契約社員として切符切りや緑の窓口に勤務した。ツアーコンダクターの経験もある。父の転勤に伴って神戸へ移り住んだことをきっかけに、靴業界に飛び込んだ。専門学校の出身者や縁故採用が多い靴デザイナーの中では、異色の経歴だ。
同社は山口を「入社以来ほぼ欠勤せず、激務に耐える根性がある。センスもよく、他社の色に染まっておらず、指導をどんどん吸収する」と評価する。
後継者不足に悩んできた長田の靴業界で今、異業種から来た若手が目立ち始めている。靴メーカーが加入する日本ケミカルシューズ工業組合が主催する「靴プランナー育成講座」の卒業生で、山口もその一人。同期生には元介護士や大手電機メーカー社員などがいる。
2005年に開講し、半年で靴の基礎知識を教える。靴業界の若返りを図る狙いだが当初は「地味な業界。どれほど応募があるか」という声もあった。しかし実際の反響は大きく、これまでに約120人が申し込み、受講できたのは面接などで絞り込んだ41人。うち29人が長田で就職し、今も18人がデザイナーや職人として一線で活躍する。あるメーカー関係者は「外から入ってきた若い世代が、業界の雰囲気を変えている」と話す。
山口は就職情報誌で講座を知った。「足が大きい自分でも似合う靴を作りたい」と気軽に応募した。工場と労働者の住宅が混在しゴムのにおいがした、阪神・淡路大震災前の長田の街並みを知らない。初めて長田を訪れた際は、区画整理が進んだ町をみて「公園や緑が多くてきれい。靴を作っているおしゃれな街らしい」と思ったという。
阪神・淡路大震災で大きな被害が出た地域であることは、入社後に知った。「講座の同期生や若い職人らも、今のまちが好き」という。
09年12月、製造業から転職し同講座を経た後輩デザイナーが入社した。「靴づくりは楽しい。ここでみんなと靴を作り続けたい」(敬称略、阿部江利)
<産地振興の取り組み> 阪神・淡路大震災以降、工場の中国などへの移転で空洞化が加速した長田では職人らの高齢化や後継者不足、新規販売先の開拓が課題になっている。神戸市などは2000年、靴業界の復興拠点として地域内に展示場と商談拠点を兼ねた「シューズプラザ」を開設、販路開拓に活用されている。業界団体も後継者の育成講座やアンテナショップ開設、デザインコンテストや見本市開催などで振興を図る。
2010/1/16