昨年11月22日午後7時、南あわじ市福良地区の屋外スピーカーが一斉に鳴り響いた。
「震度7の地震が発生。大津波警報が発表されました。海岸付近の方は高台に避難してください」
地区内16カ所の屋外LED(発光ダイオード)避難誘導灯が点灯する。南海トラフ巨大地震で想定される津波の高さは兵庫県内最大の8・1メートル。58分後には水位が50センチを超え、避難は難しくなる。訓練には住民約600人が参加し、30分以内に避難を完了させた。
避難路の整備が着々と進み、自主防災の活動も活発な「先進地」には各地から視察が絶えない。福良地区連合自治会長の原孝さん(70)は「避難路さえ整備されれば、死者ゼロも不可能ではない」と手応えを実感する。
だが、それは「全員が的確に避難すれば」の話だ。現実には、助けが必要な人が多く、災害時の予想外の状況が避難を妨げる。原会長は「助ける側も高齢者ばかり。限界はある」とため息をつく。
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福良地区の高齢化率は41・7%。昼間は現役世代の多くが地区外で働くため、高齢者率はさらに高くなる。同市の要援護者登録は人口の4%に満たないが、これはあくまで本人や家族が市に登録した人数である。
同市によると、身体障害1・2級▽精神障害1級▽知的障害A▽要介護度3以上▽高齢者のみ世帯-は計約8千人で、人口の16%に達する。市は「避難で助けが必要になる人はもっと多い」とみる。
同地区の臨海部に位置する備前町。住民の半数近くを65歳以上が占める。限られた時間に限られた要員で要援護者を救うため、地震後はまず町内4カ所の避難場所で近隣ごとに安否を確認し、いない人の声掛けや救助に当たる。
自治会長の村野保司さん(66)は「顔が見える関係の中で状況を把握し、いる人間でできることをするしかない」と話す。地区全体でも、5~15軒の隣保ごとに1次避難場所を決め、安否を確かめる仕組みを整えつつある。
備前町以上に高齢化している地域もあるが、原さんは「自治会に温度差がある上、過疎が進んで成り立たなくなった隣保もあり、再編が必要だ」と語る。
共助の再構築は途上にある。
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2015年の兵庫県の高齢化率は26・3%で、阪神・淡路大震災が起きた1995年の13・6%から、20年でほぼ倍増した。福良地区における「老老共助」という苦肉の策は、都市部を含めた多くの地域社会が向き合わなければならない現実である。
現役世代の不在と高齢化。この厳しい前提を直視し、共助を築き直そうという動きが各地で始まっている。
【安全網再生 動く団塊世代 「限界」突破へ活力呼び込み】
神戸市営地下鉄西神中央駅周辺に広がるニュータウン6地区の一つ、狩場台(同市西区)。地区内でも早く、1980年代から順次入居が始まって30年。年代層が偏った街は高齢化も一気に進む。高齢化率は既に30%に達し、数年後には40%に迫る見込みだ。
防災福祉コミュニティの活動も形骸化していた。地域防災を立て直そうと、4年前から活動に加わったのが、団塊世代による「アラウンド還暦クラブ」。メンバーはかつて地域のソフトボールチームで一緒に汗を流した仲間だ。
共助の基盤づくりで重視するのは、顔の見える関係。各家庭での家具固定普及などの活動を足がかりに、電球の交換や庭掃除などを手伝う有償サービスを通じ、日常的にお年寄りと接する機会を増やしてきた。
災害時は、地区に14ある自治会ごとに1次避難し、各自治会で安否確認や避難支援に当たる態勢を整えた。要援護者名簿に頼らず、普段の近隣同士の情報を重視する。毎年の防災訓練で課題を洗い出し、改善を重ねる。
「高齢化率が40%に突入するまでに、共助の仕組みをつくっておきたい」と同クラブ事務局長の佐野正明さん(65)。狩場台ふれあいのまちづくり協議会委員長の安藤眞佐子さん(67)は「次世代に活動を引き継ぐことが課題だ」と話す。
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2015年9月時点で、兵庫県内の高齢化率40%超、世帯数50以下の集落は、408に上る。07年には221だったが、8年で倍近くに増えた。高齢化率50%超の「限界集落」も珍しくない。
山崎断層帯に近い佐用町西新宿地区は高齢化率が8割を超える。ほぼ全ての家が土砂災害警戒区域内にあり、自治会長の竹田只芳(ただよし)さん(76)は「避難しろと言われても、足腰も弱り無理だ」と嘆く。
災害弱者が肩を寄せ合う限界集落で唯一、活力を呼び込む装置が「おじいちゃんとおばあちゃんの花しょうぶ園」。地域活性化のため、20年近く前から手入れを続け、毎年6月に公開してきた。
住民だけでは管理が難しくなった花しょうぶ園はいま、地区外のボランティアや高校生らの手を借りて再整備が進む。一時は1500人を切った来園者は昨年、5千人を超えるまでになった。
園の代表を務める三枝(みえだ)正雄さん(71)は「園を通じ、この集落に連なる人が多くいて、そのことが高齢者に夢を与えている。そう思えば、地域の活性化も共助も『限界』はない」と力を込める。(森本尚樹)
2016/1/15