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 衝撃的な数字を突き付けられた。阪神・淡路大震災から9カ月後、兵庫県芦屋市内の7%の子どもに心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が出ているという調査結果だ。

 1995年10月、同市教育委員会と市医師会が調査。回答した幼稚園児~中学生5454人のうち、377人が不眠や腹痛を訴え、「赤ちゃん返り」も見られた。しかも、うち100人が「最近になって変調が出てきた」と答え、その深刻さを物語っていた。

 調査を企画した芦屋市の小児科医京極正典(きょうごくまさのり)さん(80)は焦った。「何かしないとと思ったが、方法論が分からない。心の治療は小児科医の仕事ではなかった」

 まだ心のケアが一般的でなかった時代。自身は外国人外来を受け入れていたことから、多少の知識があったが、専門家と言えるほどではない。

 アンケート結果が報道されると、「浜風の家」設立に動いていた関係者から「子どものケアをやってほしい」と頼まれた。「放っておけない」と引き受けた。

 ただノウハウはなかった。市内の被災園児、小中学生は6500人以上。自分一人がカウンセリングしていたのでは間に合わない。悩みを抱える子らの相談に乗り、自立をサポートする専門家が必要だった。「親の力なしで子は立ち直れない」と、被災児を持つ保護者をケアしつつ、専門家に育てよう、と考えた。

 浜風の家開館から半年後、専門家養成講座を始めた。40人の定員に250人を超す保護者やボランティアらから応募があり、全てを受け入れた。

 米国を参考に「行動療法」を実践。具体的なケア方法はグループで話し合って決めてもらったが、母親には被災体験を話させた。他の参加者と意見を交わし、子と一緒に体験を絵や文章に書かせた。激震で崩れた家、めちゃくちゃになり、一面がれきになった街…。

 つらい記憶を呼び覚まし、再び向き合う手法は「傷口に塩を塗るのか」と反発も招いた。だが、構わず続けた。「海外では当たり前のこと。きれいごとでは乗り越えられない」

 浜風の家では、母親がパソコン操作や英会話を学ぶプログラムも実施。就労のためのスキルアップを後押しし、将来に向けた不安解消を図った。それが子どもの心の安定につながる、という考えからだった。

 手探りで始めた講座は10年ほど続いた。講座を経て、専門家として被災者を癒やす側に立った母親や、震災のショックから立ち上がり、起業や就職を果たした母親たちもいた。3歳で父を亡くした被災少女は東南アジアの難民支援に自ら関わるようになった。

 浜風の家が完璧だったとは思わない。でも「日本になかった心のケアという概念を広められた」。その思いは今も強い。(初鹿野俊)

2018/1/16
 

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