細身の缶を傾けると、トロッとした食感と優しい甘みが口の中に広がった。北大阪農業協同組合(JA北大阪、大阪府吹田市)が販売する「飲めるごはん」。2018年8月の発売以来、5カ月間で7万本の注文が殺到した。
米、ハトムギ、小豆を流動食状に加工した缶入り飲料(245グラム入り260円)。味はココア、シナモン、梅・こんぶの3種類あり、甘めに仕上げてある。アレルギー対策として国が食品表示の対象にしている27品目の食材を使わず、安心して口にできる。
「災害直後の火や水が使えない状況で手軽に喉の渇きと空腹を満たせる。備蓄食品にぴったりだと好評で、当組合史上で類を見ないヒット商品です」と同JAの担当者。
実はこの商品、阪神・淡路大震災で被災した男性が生みの親だ。
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貿易会社ミツレフーズ(兵庫県加古川市)の社長、三宅利巨(としなお)さん(82)は24年前の震災直後、途方に暮れていた。家族を兵庫県外へ避難させ、自らは事業再開に向けて当時本社のあった神戸市内にとどまったものの、電気・ガス・水道が止まり、社員らの食料調達すらままならなかったからだ。
苦境の中で一つの思いが湧いた。「求める物が世の中にないなら、自ら生み出せばいい」。加水や加熱をせず主食を取れる非常食のアイデアが浮かんだ。取引のあった和歌山県の飲料メーカーに協力を要請し、輸入商材の穀物を使う飲料開発に乗り出した。
飲み物でありながら穀物の粒感を出すことにこだわった。米粒を八つに割る方法を取り入れ、コップに注いだときに水分と穀物が分離せぬようもち米で粘り気を付けた。砂糖ベースの味付け、缶に詰めた後の高温殺菌。試行錯誤を重ね、5年の長期保存にもめどを付けた。
2年後の1997年に完成。穀物3種を用いることにちなみ「三穀食」と名付けた。ただ、自前の販路もPRのノウハウもなく「売ることにとても苦労した」という。状況を一変させたのがJAとの協業だった。
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JA北大阪の所管する大阪府吹田、摂津両市の農地は約100ヘクタール。神戸市の農地の2%程度と狭い。16年の法改正により、農協は農家の所得向上に努めることが定められたが、売り上げ増は簡単ではない。そこでJAが目をつけたのが三穀食。原料米を地元産に切り替えて、加工品として価値を高める戦略だった。
JA北大阪は18年2月、ミツレフーズから商品の権利を譲り受ける契約を締結。ネーミングに頭をひねり、ひと目で中身と用途が分かる「農協の飲めるごはん」への変更を決めた。発売前後に大阪北部地震、西日本豪雨、北海道地震などの災害が相次いだことで注目を集め、メディアを通じて認知度が一気に高まった。
完成から20年余りを経て広がり始めた商品。三宅社長は「海外でも役立ててもらいたい」と思いを膨らませる。(長尾亮太)