西方に北アルプスの峰々を望む長野県松本市。国宝松本城と堀を隔ててたたずむ市役所の掲揚台に「健康寿命延伸都市」の旗が風にはためく。
「最初は市民も議会も理解してくれなくて」と松本市長菅谷(すげのや)昭(73)が笑う。医師である菅谷が「健康寿命延伸」を打ち出したのは、2期目の2008年。高齢者にとどまらず、成人、子ども、乳幼児など全世代の「健康」に狙いを定めて施策を展開する。
「もっと観光、産業政策をやれ」という声にもぶれず、成果を積み重ねた。ワンフレーズの分かりやすさで市内外に浸透し、そのスローガンを政府が健康増進計画の中心課題に取り入れたこともあって、全国から注目を集めた。人口は県内19市で唯一増加し、野村総研が7月に発表した「成長可能性都市ランキング」で、松本市は全国100都市中8位となった。
■
人口減少時代に突入し、自治体間競争が激化する中で、一つのテーマを大々的に掲げ、先進的な施策展開と集中的なPRで独自性を打ち出す自治体が現れ始めた。明石市は「子育てのまち」として踏み込んだ支援制度を次々と打ち出し、豊岡市は「コウノトリ」をテーマに特色的な施策展開を図る。
だが、さまざまな分野、世代の要請にさらされる行政が特定のテーマにかじを切るのは賭けでもある。先進性と特色を維持する負担も重い。2011年から「子育てするならゼッタイ三田」を看板に掲げる三田市は今年8月、生命線でもあった施策「中3までの医療費無料」の旗を降ろした。
小学生以上の自己負担を無料から1日最大400円に引き上げる。2年前の就任当初から考えていたという市長森哲男(65)は「市の負担が年々増えており、持ちきれない。今後は『目立ち度』は低くなるが、教育、子育てに総合的に取り組み、まちのブランドをつくり上げたい」と話す。
■
「若者に選ばれるまち」を掲げる神戸市だが、そのワンフレーズでは立ち行かず、各分野に目配りを忘れない総合行政を展開する。市幹部は「中小都市と比べ、多様な人々が暮らす大都市はさまざまな行政需要を抱え、一点突破というわけにはいかない」と言う。
だが、松本市長菅谷は「健康寿命延伸都市も、単に人の健康だけでなく、経済や環境など多分野にわたる『健康』を目指す総合行政だ」と強調する。産学官民の連携で、健康をテーマとした製品・サービスをつくり出す「松本ヘルスバレー構想」もその一環だ。
菅谷は「あらゆる政策分野に『健康』という軸を通すことで、それぞれ影響し合い、好循環を生み出していくことが目的だ」と言う。縦割りの行政組織が共通の最重要課題を認識し、その解決に向かうことで、部局横断の取り組みを促す。
自らを「行政の素人」と認める菅谷の流儀とは。
「市長が『こういうまちをつくりたい』と示し、ぶれずに取り組み、成果を出す。それが全て」
=敬称略=(森本尚樹)