連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

生死のはざま ーサバイバルファクターを探る

  • 印刷
大破した車両。圧縮された車体そのものが凶器となった=4月29日午後8時ごろ、尼崎市久々知3
拡大

大破した車両。圧縮された車体そのものが凶器となった=4月29日午後8時ごろ、尼崎市久々知3

大破した車両。圧縮された車体そのものが凶器となった=4月29日午後8時ごろ、尼崎市久々知3

大破した車両。圧縮された車体そのものが凶器となった=4月29日午後8時ごろ、尼崎市久々知3

 奇跡の空間-。

 尼崎JR脱線事故で、先頭車両の乗客の救助にあたったレスキュー隊員は、最後に救出された三人がいた場所をこう表現した。

 一両目は、左側に横転してマンション駐車場に突っ込み、壁に激突。一番前の扉のすぐ後ろで、「く」の字に折れ曲がった。折れた部分から運転席の仕切りまでの二メートル足らずの間に、その空間は生まれた。

 事故から十五時間後の二十六日未明、女性(46)が救出された。続いて十七時間半後に男子大学生(18)、二十二時間後にもう一人の男子大学生(19)が、ここから生還した。

       ■

 「空間ができたのは偶然ではない」。事故車両の207系の元設計担当者は打ち明ける。その理由は、床下にあった。

 空間ができた床下には、六ミリと車体で最も厚い九ミリの鉄板を加工した柱が「T」字形に取り付けられていた。車両の先端から縦に並ぶ二本の柱は、先頭の連結器にかかる力を受け止める。扉の下に横方向に設置された箱状の鉄板は台車と車体の接続を強化し、二本の柱とつながる。「車体の中で最も頑丈」と元担当者は言う。

 激突の衝撃は、T字の柱をあたかも避けるように、その後ろの弱い部分を直撃。客席は数メートルにわたって空き缶を押しつぶしたように破壊された。「だれも生き残れない」とレスキュー隊員は感じた。圧縮された床や側壁、天井が凶器となって乗客に襲いかかり、「そこから搬出した遺体は気の毒なほどひどい状態でした」と声を落とした。

 三人がいた「奇跡の空間」はどうだったか。衝撃で前方に飛ばされた約二十人の乗客が折り重なり、手足が複雑に絡み合い、変形したパイプに圧迫されていた。監察医によると、乗客の大半は激突のショックで骨盤を骨折し、犠牲者は出血や乗客同士の圧迫による窒息で亡くなったとみられる。しかし、すぐ後ろの押しつぶされた客席に比べれば、外から見た遺体の傷は少なかったという。

 生存者のうち女性は救出から四日後、足を長時間圧迫されたことによるクラッシュ症候群で亡くなった。「奇跡の空間」で生存したのは約二十人のうち二人。それでも生存者がいなかった後ろの部分に比べ、かけがえのない差を生んだ。

 「車体の強度が生存率を高めた。厳粛な事実です」。元担当者の言葉に、救えなかった命の重みがのしかかる。

2005/7/2

天気(12月3日)

  • 15℃
  • ---℃
  • 20%

  • 13℃
  • ---℃
  • 50%

  • 16℃
  • ---℃
  • 10%

  • 15℃
  • ---℃
  • 30%

お知らせ