神戸から車を北に走らせ、国道9号を進む。明るかった空が曇り、雨粒が落ちてきた。
「弁当忘れても傘忘れるな」
山地や盆地など複雑な地形で、天気が変わりやすい但馬には、そんな言い回しがある。
豊岡市を拠点に、30~40代女性4人が作る、センスあふれる情報誌がある。その名も「弁当と傘(弁傘)」。編集部を訪ねた。
「初めて耳にしたとき、面白い!と思って」
編集長で、デザイナーのスワミカコさん(37)が切り出した。
愛媛県東部の西条市で育ち、東京の大学へ。卒業後も都内の広告制作会社に10年近く勤めた。商品開発の仕事がしてみたいと考えていたところ、豊岡市内の印刷会社を紹介された。とよおか? 半年迷い、未知の場所への移住を決めた。
コウノトリ、かばん、出石そば。何もかも新鮮だった。4年前、但馬育ちの3人を誘って創刊した「弁傘」には、思いをそのままデザインしてみた。
「出石そばと言えば小皿でしょ」。絵柄が違う40店の皿をずらりと並べた写真を載せると、地元の人に「見たことない」と驚かれた。最新号のテーマは国道9号だ。
いまやファンは全国に広がり、京都や岩手、北海道の書店に並ぶ。“どローカル”な素材が、「楽しそう」「行ってみたい」と他地域で共有される。
毎号の巻頭にはこう、記されている。
〈このあたりに生きる私たちの 小さなアンテナに引っかかったことを 近くの人にも遠くの人にも伝えたい〉
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毎年、5千人規模で行われる兵庫県民意識調査。最近、目立つ傾向がある。
「地域のことに関心がある」「これからも住み続けたい」人の割合が上がり続ける一方で、「住んでいる市町に活気が感じられる」などは低迷したままだ=グラフ。
地元回帰の流れと、現実のギャップ。「埋めるには、まちの存在価値を高めること」。建築家の山下香さん(41)=神戸市兵庫区=は語る。
留学していたフランスで、「エスパス・デレッセ(放ったらかされた空間)」という言葉を学んだ。大都市パリでさえ、さびれていく場所があった。
「エスパス・デレッセが増えると、町は死ぬ」。帰国した山下さんは10年前、地元や長田区を歩いて巡る「下町ツアー」を始めた。
まちが消滅するとの予測が飛び交う。山下さんは「難しい時代」と認めつつ、ひとつの確信を持っている。
「地場の資源を見つけて生かす。人々が『住みこなす』ことができる地域は強い」
ツアーは続く。ここで生き続けるために。(宮本万里子)
=プロローグおわり=
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地域の未来を考えるシリーズ「兵庫で、生きる」のプロローグでは、データなどから兵庫県の現状を紹介しました。特報班は今後、各地で密着取材。ルポ連載の第1部は7月下旬、県西部の宍粟市を予定しています。また、神戸新聞フェイスブックでは、記者が取材日記を随時書き込んでいきます。
2015/7/14