潮風の中に甘い香りが漂う。5月7日、兵庫県南あわじ市・福良漁港。箱の中に艶やかなウニ。通常は背側を表にして盛るが、どれも腹が上向きだ。
「新鮮だね」。ホテル・ラ・スイート神戸ハーバーランド(神戸市中央区)の総料理長鎌田雅之さん(54)の声が弾んだ。腹の上向きは身が美しく鮮度抜群の証拠。漁師が胸を張った。
春は播磨、初夏は摂津、夏は淡路、秋は丹波、冬は但馬。同ホテルは「五国の味めぐり」と称し、一年を五つの時期に分けて食材を提供する。
和歌山生まれの鎌田さんは、長崎やフランスで腕を磨いた。2008年11月のホテルオープン時、「地元の食材で」と決めた。だが、すぐに頭を抱えた。
多過ぎる。
これまでの職場だと魚はこれ、肉はこの産地、と絞りやすかった。だが、兵庫の場合、一堂に集めようとするとうまく旬に合わせて使いこなせない。思い切って時期を分けて何とか整理できた。
カニやタマネギは言うに及ばない。豊岡のニジマス、香美町のチョウザメ、丹波のナタ豆、淡路のバジル…。これまでに鎌田さんが訪ねた産地は200カ所を超える。
「食材の宝庫だからこそ、選択眼と組み合わせの妙が試される」
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多彩さゆえの悩みに直面している業界がある。観光だ。
姫路城、有馬温泉、淡路島、城崎、甲子園…。県内の人気スポットは少なくない。
しかし、県内を訪れた人(入込客数)のうち宿泊した人の割合は10・3%(2013年度)=グラフ。全国平均より常に低い。
「ピンポイントで訪れ、帰る人が多い。県内をじっくり巡ってもらえないのが最大の課題」。県観光監の水口典久さん(56)が嘆く。
現状打破へ、県はさらなる詳細なデータ分析に乗り出す。姫路や豊岡市など11市町で人とお金の動きを「見える化」することで、点を線につなげ、面に広げる狙いだ。
学びの場では多様性を最大限に生かす。兵庫県立大は今年4月から、学部を問わず、「地域志向科目」を1年生の必修にした。
カリキュラム作りに携わる同大特任助教で愛媛出身の越智郁乃さん(36)=文化人類学=は、フィールドワークを専門にする。
「調査場所を複数選ぶには、はっきりした課題や特性があり、比較できることが大事。兵庫は、現場にはまったく困りません」
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平均的、統一感のなさ、多様性…。これまで「兵庫の姿」をデータや歴史から探ってきた。次回、プロローグ編の最終回は、視点をぐっと足元に向けたい。主人公は地域の面白さを再発見し、発信する人たちだ。(宮本万里子)
2015/7/12