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田中一馬さん(左奥)と妻あつみさん(右奥)。牛舎は3人の子の遊び場だ=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)
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田中一馬さん(左奥)と妻あつみさん(右奥)。牛舎は3人の子の遊び場だ=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)

田中一馬さん(左奥)と妻あつみさん(右奥)。牛舎は3人の子の遊び場だ=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)

田中一馬さん(左奥)と妻あつみさん(右奥)。牛舎は3人の子の遊び場だ=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)

 ゴーッ、シャッシャッ。鋭い音が遠くからでも聞こえる。

 兵庫県美方郡香美町。川沿いの牛舎の脇で、安全靴をはいた田中一馬(かずま)さん(37)が牛の巨体を支えていた。

 前脚を持ち上げ、ガスバーナーでひづめをさっとあぶる。シャッ。軟らかくなると、鎌の刃を当てて薄く削る。

 ひづめを削り、形を整える。削蹄(さくてい)。いわば牛の爪切りだ。

 「ひづめの厚さや角度で立ち方が変わる。バランスが悪いと肉質に影響しますからね」

 少し早口の一馬さん。2002年、独力で「田中畜産」の看板を上げた。

 牛舎には48頭。子牛の出荷だけでなく、削蹄の請負や肉の販売まで手掛ける。多角経営のやり手農家-。感心すると首を振って否定された。

 「毎日不安だらけですよ、いまも」

‡ ‡

 えさの容器をひっくり返した“いす”に座る。妻のあつみさん(28)が熱々のコーヒーを出してくれた。

 わらや堆肥のにおい。くぐもるような鳴き声。「そばにいて牛を見続ける。僕の教訓なんです」。一馬さんが話し始めた。

 三田市育ち。「動物が好き」で北海道の酪農学園大学へ。研修先として美方の農家を紹介され、2年間住み込み修業した。

 「但馬牛の本場。ここで牛飼いになる夢をかなえたいと思って」

 資金はゼロ。国や農協から約3500万円借金し、牛舎を建て、牛を買い入れた。

 「新規就農者」「美方の希望」

 貴重な存在となった一馬さんは各地から講演に呼ばれ、成人式であいさつした。

 忙しくなり、牛舎に行く時間はなくなっていった。牛は思うように育たず、感染病で半分近く死んだ。

 実力もないのに、もてはやされる。ギャップに落ち込み、1年ほどうつになった。

 トンネルから抜けられない。ふと、1人の顔が浮かんだ。「師匠」の森脇薫明(しげあき)さん(58)。9年前まで修業していた牛舎に駆け込んだ。

 「お前は牛を見とらん」。叱責(しっせき)された。何も言えなかった。「でも逃げんな。困ったらまた来い」。森脇さんも涙を流していた。

 「名前の通り、あいつは馬なんや。とんで跳ねて一直線で」と森脇さん。「俺たちが飼っとるのは、牛だでな」。にこっと笑った。

‡ ‡

 昨年11月、広島県の職員が視察に来た。「新規就農の成功ノウハウは何でしょうか」

 一馬さんは返した。「ノウハウなんてありません」

 泣きながら叱ってくれた師匠、現金収入になる削蹄の仕事を紹介してくれた先輩、そして、1人でも牛の世話を続けた妻…。

 「支えられて支えられて。今があるんです」

 そんな一馬さん。ずっと温めていた考えを寄り合いで披露した。それは、地元に“一石”を投じた。(宮本万里子)

2016/1/6
 

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