23歳、牛飼いデビュー1年目の若者がいる。そう聞いて、兵庫県の北西部、美方郡新温泉町の県立但馬牧場公園に通うことにした。
牛舎を切り回す倉田拓磨さん。記者の質問に、笑顔ではきはき答えてくれる。くり色に染めた髪。首元のネックウオーマーは、鮮やかなブルーだ。
昨年12月4日。牛舎をのぞくと拓磨さんが珍しくしゃがみ込んでいた。前夜、待望の子牛が誕生。だが、すぐ横になる。乳を全然飲まないらしい。
「生まれた時はすごい元気やったんですけど」。子牛の口に指を入れ、上顎をこする。「飲みたげな口せんなぁ」
牧場公園の職員、兄慎也さん(25)も駆け付けた。2人で哺乳瓶を含ませる。獣医師が点滴を打つ。夜になり、取材はいったん引き揚げた。
翌朝。牛舎は静まり返っていた。子牛は左腹を下にして動かなくなっていた。
「仕方がないですね、生き物だから」
いつものしっかりした口調の拓磨さん。小さく笑ったが、顔から血の気が消えていた。
子牛を運び出し、暖めるための投光器を取り外す。淡々と作業をしながら、ぽつり。「名前もつけてやれんかったなぁ」。ンモォー、ンモォー。母牛は鳴き続けていた。
「いい経験させてもらったと考えるしかない」。ぐっとのみ込むようにして、牛舎を出て行った。
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地元出身。祖父が牛飼いだった。幼いころから牛舎で遊び、子牛を連れて歩くのが好きだった。
牛飼いになろう。決意して県立但馬農業高校畜産科に進み、卒業後は地元農家で研修。3年たったころ、祖父が他界した。
祖父の牛5頭を引き継いだ。牛舎は廃業する農家が「若い人がやるなら」と譲ってくれた。
自身は継がなかった会社員の父広美さん(55)も夜間、牛舎に泊まり込んで様子を見てくれる。「応援してくれてると思います」。親子であらたまって話さないけれど、拓磨さんはそう感じている。
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毎朝4時起きで牛舎に向かう。合間には近くの高齢農家も手伝う。
「休みもないけど。牛がかわいいんで飽きんのですよ」
手をかければかけた分だけ、牛が変わっていくのが分かる。子牛の評価が自分の評価。失敗も、そこから学ぶ教訓も、丸ごと吸収していく。
楽しみは、牛飼いの先輩たちとの飲み会だ。「結局、牛の話になるんですけど。でもやっぱり、みんなで但馬牛を残していきたいから」
伝統を継ぐ新たな力。同じような若き牛飼いが、美方郡内にいるらしい。しかも、三田市内のニュータウンで育ち、縁のないこの世界に飛び込んだ変わり種とか。同僚記者が隣の香美町に向かった。
(岡西篤志)
2016/1/5