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競り市を前に、牛を湯で洗う田中一馬さん(右)と妻のあつみさん=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)
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競り市を前に、牛を湯で洗う田中一馬さん(右)と妻のあつみさん=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)

競り市を前に、牛を湯で洗う田中一馬さん(右)と妻のあつみさん=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)

競り市を前に、牛を湯で洗う田中一馬さん(右)と妻のあつみさん=兵庫県香美町村岡区境(撮影・中西幸大)

 その言葉に、場は水を打ったようになった。

 「美方の閉鎖育種(いくしゅ)を続けていくべきか疑問です。話し合う場をつくりませんか」

 昨年夏、兵庫県美方郡和牛育種組合の会合。発言者は、香美町の若き牛飼い田中一馬さん(37)だ。

 組合長の村尾高司さん(64)が、ぴしゃりと言った。

 「それはもう終わった話だ」

 閉鎖育種とは、但馬牛(うし)を一つのエリア内で交配し、「純血」を守ること。兵庫は県内で徹底し、他県の遺伝子は一切入れない。全国唯一の方針だ。

 美方では、さらに「郡内」に限定する。これも例がない。明治のころ、国策で洋種の牛を入れた結果、質が落ちた苦い経験がこだわりを強めた。

 「異議」はタブー。14年前、外から来て就農した一馬さんいわく、「地元の人間じゃない僕だから言いやすい」。

 就農後、病気や内臓の奇形で何頭も死んだ。科学的根拠はない。飼い方が悪かったからかもしれない。だが、大学で畜産を学んだ一馬さんは懸念を消せない。

 「狭い範囲で交配を続けると遺伝的な偏りがあり、牛が弱い気がする。但馬牛を守っていくためにはこれでいいのだろうか」

   ‡ ‡

 村尾さんが言う「終わった話」は、2011年ごろのこと。別の理由で地元が揺れた。

 当時、淡路島生まれの牛「丸宮土井(まるみやどい)」の価格が、美方生まれを上回った。それまでは美方が上位を独占。「美方神話」と呼ばれた。

 「丸宮」の勢いは衰えない。神話は崩れたのか。美方の農家は焦り、協議した。

 結論は「現状維持」。先人に申し訳ない、純血が売りだ、との意見が大勢を占めた。

 一馬さんの提案を打ち切った村尾さんを、新温泉町に訪ねた。

 牛飼いを始めて50年近く。「血統を守っていくのが当たり前と肌に染みついとる」。揺るがぬ思いがにじむ。

 「でもな」と照れ笑い。「自分も若いころは先輩にかみついたもんだ。もう少し彼と話せば良かったな」

   ‡ ‡

 昨年12月、養父市の但馬家畜市場で開かれた子牛の競り市。一馬さんも雌5頭を競りに掛けた。どれも高値で売れた。

 うち1頭の買い手は「ぜひ、美方産を」という宮崎県の農家。繁殖させて肉質の良い牛をつくるという。

 「評価されるとうれしい。美方の牛をなくせ、じゃない。例外を認めるルールをつくれないか」

 一馬さんの思いを受け止めた人がいる。

 JAたじまみかた畜産事業所長の田中博幸さん(56)。「違う世代が声を出し合うことが、美方のためになる」。今春、話し合いの場をつくるつもりだ。

 純血へのこだわりを育んだ歴史。「ここに詰まっています」。田中さんがある部屋に案内してくれた。

(宮本万里子)

2016/1/7
 

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