生きるのヘタ会?×神戸新聞

細川貂々さんインタビュー

■細川貂々さんインタビュー(1)ネガティブ思考クイーンって?

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「生きるのヘタ会?」で進行役を務める細川貂々さん=宝塚市立中央図書館
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手を挙げて発言する参加者と交流する細川貂々さん=宝塚市立中央図書館(撮影・藤家 武)
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子どものころから感じてきた「生きづらさ」や当事者研究について語る細川貂々さん=宝塚市栄町(撮影・中西幸大)
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子どものころから感じてきた「生きづらさ」や当事者研究について語る細川貂々さん=宝塚市栄町(撮影・中西幸大)

細川貂々(てんてん)さんが2019年秋に、宝塚市立中央図書館で「生きるのヘタ会?」を始めたのは、自身が「ネガティブ思考クイーン」だったからだそうです。

子どものころからずっとネガティブで、「生きづらさ」を抱えてきたというてんてんさん。

どうしてネガティブに?

ネガティブ思考クイーンって?

インタビューで語ってもらいました。

(聞き手・中島摩子)

-ネガティブになったきっかけは何ですか?

「うちの母親は、いつも私に『自分の幸せを人に言ってはいけない』と言っていました。良かったとか、嬉しいとか、そういうのを人に言うとねたまれる。自分のポジティブな部分は見せず、愚痴を言ったり、自分のダメな部分や失敗談を話したり、とにかく自分を下げるのが、周囲とうまくやっていく方法だから、って。そういうことを子どもの時からずっと言われてきたんです」

-お母さんはどうしてそんなことを?

「後で分かったことは、母は、都会から田舎に嫁にきた。それでかなりいじめられて、田舎で穏便に暮らしていくためには、そうする技が必要だったらしいです。専業主婦の母は、目立たないように、ネガティブに生きてきた。それを私にも言っていたようです」

「何もできない子なんだから、何もしなくていい、とも言われていました。何かをしなさい、とか、言われたことがありません。宿題も母がやってくれて、ある意味、お姫様みたいに、わがままに育ちました」

-それで、てんてんさんはどんな子どもだったのでしょうか?

「母の言うことを素直に聞いて、人に対して、自分の悪いことしか言いませんでした。『自分ってダメだから』とか『何もできないから』とか。自分を低くするようなことばかり言い、勉強もどうせできないと言ってやらないし、運動もどうせできないと言ってやらないし。途中で何でも投げ出す、みたいな感じでした」

「そうしていると、本当はできるかもしれないのに、できなくなっちゃうんです。どんどん、どんどん、できない感じになって…。できないから、やっぱり私はダメなんだって。マイナス思考、ネガティブ思考が強くなり、そうなると、人間はなんだか悪くなるんですよね」

「もう取りつかれた感じで、ネガティブ以外の考え方ができなくなりました。何をしても悪い方向に考えるんです。そんなの、近くにいる人も嫌じゃないですか?何を言っても悪い方に言う人なんて。例えば、遊びに出掛けようという時に、雨が降るかもしれないよとか、事故にあうかもしれないよとか、そういうことばかり言ってたんですよ。これから楽しもうとしてるのに、ムカっとするでしょう?」

-たしかに、ちょっと嫌かもしれません。

「それで、友だちがいなかった。怒られたりもしました。なんで悪い方にしか考えられないの?とか、もっと明るく生きなきゃダメだよ、とか説教する人もいて。世話好きな子が、明るく生きる方法を教えてくれたりしたけど、無理でした。ひたすらネガティブに、ネガティブに生きていました」

「高校の時にはもう嫌になっちゃって。ネガティブに考えると、物事は真っすぐに進まないんですよ。やろうとしても、どうせできないだろうとか無理だろうとか、そういう考えが入ってくると真っすぐにいかない。そうするとゴールにたどりつけないことが多くて、いろいろ嫌になり…。高校卒業後、就職せず、進学もせず、引きこもりました」

-ずっと家にいたんですか?

「しばらくして就職しました。家で何もしないでいたら、世間体が一番大事な母が、何でもいいから働け!と言うので…。公共職業安定所に行って、仕事を探しました。それから仕事を転々としたんです」

「最初、団子屋さんで販売の仕事をしましたが無理でした。次は、パソコンの基盤を組み立てる工場で働きましたが、ベルトコンベヤーがいつも、私のところで詰まるんです。単純な作業だけどスムーズにできなくて、できないとたまってしまう。それでつらくなりました。次は事務職で就職しましたが、人間関係が厳しくて。上司が、新入社員の若い子はみんな自分の恋人にしないと気が済まない人で、拒否したら、嫌われて、無視されて。そんなこんなで、三つダメでした」

「もういい加減にしよう、やりたいことがあるわけじゃないのに就職するのはやめようと思いました。それで、絵の学校に行くことにして、セツ・モードセミナー(2017年閉校)に入学したんです」

-絵が好きだったんですね。

「小学生のころから漫画家になるのが夢でした。実は高校は行きたくなかったけど、母が高校に行ったら漫画の投稿をしていいよ、って言うから進学したんです。高校時代に作品を投稿して、そこそこ賞をもらいました。でも、同級生に見せたら、『あんた才能ないからやめたら』と言われて…。私はすぐに人の言うことを聞くから、才能ないならやめようと、やめちゃってたんです」

(続きはインタビューコーナーへ)

細川貂々さん

ほそかわ・てんてん

1969年9月生まれ。宝塚市在住。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家・イラストレーターとして活動。夫のうつ病闘病を描いた「ツレがうつになりまして。」(幻冬舎)はベストセラーになり、ドラマ化、映画化された。近年は「それでいい。」(創元社)、「生きづらいでしたか? 私の苦労と付き合う当事者研究入門」(平凡社)など、ネガティブ思考の自身の経験をもとにした著書などを手掛ける。

【ツイッターアカウント】@hosokawatenten

【ホームページ】https://www.hosoten.com

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