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(1)スナック(上) 空気が違うように感じた
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 神戸・三宮の繁華街。二年半前に開店した潤子さん(38)=仮名=のスナックはビルの五階にある。カウンターと四人がけのボックス席。場所は悪くないが、不況の風は想像以上に厳しかった。全く客が来ない日もある。「一人で飲んでたら、つい眠ってしまうんよ」と笑ってみせるが、開店時からの借金のことが頭から離れない。

 震災前は、専業主婦だった。あの日の朝、自営業の夫と子どもの四人で暮らした家は全壊。家族は無事だったが、近所では何人もが生き埋めになっていた。潤子さんはスコップを持って必死で走り回った。

 その間、夫はマイカーが無事かどうかを確かめていた。「あなたも手伝って」と頼んだが、やがて車に乗ってどこかに行ってしまった。数日後、親類からおにぎりが届くと、夫は十二個のうちの八個を先に食べ、残りを家族に手渡した。潤子さんがなじると、「おれの親類から届いたもんや」と言い放った。

 「笑い話のようだけど、これが私たち夫婦の姿やったんよ」

 震災後の混乱が続く中、夫との別れを決意した。

 結婚したのは二十三歳のとき。夫は高収入だった。毎日のようにカルチャーセンターやエステ、スポーツジムなどに通った。ブランド品を着こなし、自分は恵まれていると思っていた。

 夕食は家族で囲んだが、夫婦の会話はほとんどなかった。振り返ると、結婚当初からずっと夫との関係に違和感を抱いていた。

 「笑いが違うっていうか、空気が違うっていうか…」。夫も同じように感じていたのだと思う。昼間、家を空けていても何も言われなかった。

 しばらく実家に身を寄せた後、夫には知らせず、子どもたちと賃貸マンションに移った。たちまち生活費に困った。仕事を探さなければ、と焦り始めた。

    ◆

 夫との擦れ違いや嫁・しゅうとめ問題。震災は、これまで夫婦が抱えていた矛盾をあらわにし、「震災離婚」という言葉が生まれた。別れを経験した妻たちはその後、どんな生き方を模索しているのか。三人の女性の軌跡を紹介する。

1999/3/11
 

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