阪神・淡路大震災では、同時多発的に火災が発生、救出を待つ被災者が続出するなど、平時では想定できない事態が次々起こり、私たちの社会の危機管理の甘さを思い知らされた。とりわけ、初動態勢については一から見直す必要に迫られた。行政の垣根を越えて情報や物資を共有し、互いに補い合うシステム作りも急がれる。いつ起こるか分からぬ災害に、どう備えればいいか。無尽蔵に資金を投入するわけにもいかない。工夫を凝らし知恵を絞って、効果的な備えと対応を模索する動きが、さまざまなレベルで始まった。
■備蓄の重要性再認識
阪神大震災の被災自治体は、食料などの確保に苦労した経験から備蓄に万全の態勢を取っている。神戸、西宮、尼崎、姫路市の取り組みから震災後、立て直された備蓄の特徴を探った。
かつて、備蓄の中心は食料と毛布だったが、最近は紙オムツや生理用品、簡易トイレを備えるケースが増加。いずれも震災で不足したものばかりで、教訓を生かした結果といえる。
変わり種も登場した。姫路市が食料として備蓄するサバイバルフーズ。賞味期限が二十五年と長く、アメリカ航空宇宙局(NASA)も利用する。「長持ちだから経済的」(同市)という理由で導入したが、スパゲティ、ピラフ、シチューと、メニューも豊富だ。
一方、備蓄場所は、小学校の空き教室(神戸市、西宮市)▽防災倉庫(姫路市)▽空き教室と防災センターの併用(尼崎市)と三通りに分かれた。「被災者に身近な場所で費用もかからない」(神戸市)という事情から、空き教室の利用は定着しつつあるようだ。
また、各市とも、スーパー、百貨店などの民間企業と提携し、有事の際には業者を通じて物資を調達する「流通備蓄」を積極的に活用。自己備蓄で足りない部分を補っている。
■人と水の確保 最大課題
神戸市消防局長 秋月隆氏
震災で多発した火災では、消火栓から水が取れず、十分な消火活動を展開できなかった。そこで今、市内を二百五十メートル四方の区域に区切り、防火水槽の整備を進めている。
二百五十メートルはホースの長さ。防火水槽は百トンの水が入る耐震性の高いもので、公園や公営住宅に組み入れる形で整備を進めている。目標は市内で四百カ所。今年度末段階で百八十三カ所の増設を終える予定だ。消火用の水源は、ほかにも河川の改修などさまざまな機会を利用して確保に努めている。
消火活動の基本は、言わずもがなだが、消防車と署員の確保。今、市は人員削減のスリム化を図っているが、消防局については例外的に増強している。
消防車は国の補助を受けて、市内十一の消防署に大型三点セットの配備をほぼ終えた。三点とは十トン水槽車、大容量ポンプ車、ホース延長車。いずれもこれまで各署に一台もなかった。消火用の水は大きな火災で四十トン、早く駆けつければ十トンで十分に間に合う。
震災後、ヘリを使った消火活動について多く指摘を受けたが、ヘリは林野火災では威力を発揮するが、高層ビルやマンションの火災を除き、市街地では技術的に難しいものがある。
火に近づきホバーリングして、水を一度にかけるわけだが、火元への接近が難しく、距離が離れると水が噴霧状になり、効力がなくなる。
注目しているのは消防団の活動。神戸市内には百六十一の消防団があり、広範な神戸市西区、北区を除く市街地にも六十四ある。市街地ではこれまでなかったポンプを配備し、池や貯水槽から水を引けるようにした。
非効率的なようだが、初期の人海戦術こそ消火に最も効果がある。震災後の整備で三倍の馬力がついた、と確信している。(談)
■住民含めた体制づくりを
兵庫県防災監 斉藤富雄氏
阪神・淡路大震災では、本当に大変な犠牲者が出た。営々と築いてきた財産、街並みが一瞬のうちに崩壊した。いろいろ反省点はあるが、第一は油断があったことだ。行政だけでなく、社会全体、市民も含めて油断していた。阪神間には大きな地震災害がこないという安全神話が、行政にも地域全体にもあった。
そこで震災後、防災計画を実践的に見直した。まず初動態勢の確立。ハード面では、情報集約や救助指揮の拠点となる災害対策棟を来年夏に完成させる。県内の災害情報が把握できるシステムを設けた。初動要員を確保するため待機宿舎を作り、抜き打ち訓練を月一回している。防災拠点の整備も西播磨、但馬などで進めている。
だが、一朝一夕に防災態勢はできない。住民も含めどう防災意識を高めていくか。今後はハードよりソフトの充実に力点を置くべきだ。防災機関の災害対応は限界があり、住民と一緒になって地域全体で安全なまちをつくる必要がある。
自主防災の組織率は六〇%を超えたが、災害があったときにどのように活動するか、どう緊張感を維持していくかが課題。県、市、町、住民、地域が一緒になって動き出したとき、初めて防災体制が完成する。
自治体間で防災協定を結び互いに助けようという「共助」は進んだ。足りない部分を補って一緒に取り組もうという「共同」も進んでいる。だが、救助機材や情報システムなどの「共通」は遅れている。
機材を共通化することで、支援も連携も効率よくなるが、国全体でまだまだの状態。情報システムでも大阪、京都、兵庫で違い、互換性がなく別システムで連絡しないといけない。報告書の様式すら共通性がない。県内でもまだ手がけていないが、全国共通が今後の重要なテーマだ。(談)
■フルタイムの”司令塔”新設
政府 大震災で組織改革
国の危機管理体制は阪神大震災を契機に前進した。当時、首相を含め政府首脳が情報過疎に陥り、初動態勢の遅れにつながった「痛恨の極み」(内閣内政審議室)とも形容される反省が背景にある。
有事の際、司令塔の役割を果たすのが、首相官邸に隣接する別館三階に設置された「危機管理センター」。五班編成のスタッフが二十四時間体制で情報収集を行い、必要と判断すれば各省庁の局長クラスで構成するチームを官邸に緊急参集する。初動態勢を整えるマニュアルも自然災害、事故など類型別に策定ずみだ。
実務を統括する職制として、九八年度からは内閣危機管理監が設置された。警視総監経験者を起用するなど官房副長官に準ずる高官ポストである。
九八年九月に岩手県で起きた地震の際、小渕首相のもとに一報が届いたのは発生三十分後。その十分後には野中官房長官が同センター入りするなど、即応態勢を次第に整えている。
危機管理の中枢となる官邸では自然災害以外にも、ハイジャックなど事件・事故を想定した訓練も定期的に行っている。現在建設中の新官邸の完成後は、こうした危機管理部門も拡充・強化される見通しだ。
一方、国土庁でも職員による日直体制を取るとともに、ポケットベルを使った地震情報の連絡を行っている。また、地震発生後約三十分以内に大まかな被害規模を把握する「地震被害早期評価システム」を九六年度から稼働させている。
■民間サポート 安心へのカギ
兵庫県 限界補う応援協定
大規模都市災害が発生すると、被災地の自治体だけの対応では限界があることが、阪神大震災で浮き彫りになった。この教訓から兵庫県は、近畿をはじめ全国の自治体と相互応援協定を結ぶ一方、民間団体との協力も積極的に進めている。
応援協定では、兵庫県が被災した場合、主幹府県の大阪府に要請すると、他の近畿各府県、福井、徳島、岡山などから応援職員が駆けつける。震度6以上を観測すると、要請がなくても各府県は職員を自主派遣。水、食料、資器材などの提供、避難者を受け入れる。
民間団体との提携も活発。応急仮設住宅の建設は「プレハブ建築協会」、人命救助や道路上の障害物除去は「建設業協会」、ボランティア活動は「県柔道接骨師会」などと、緊急性、重要性の高い活動で、民間からのサポートを受ける。
民間協力でユニークなのは、神戸市の「大災害時協力ガソリンスタンド登録制度」。震災時、ガソリンスタンドは大きな被害がなく、近隣の家屋が焼けても延焼を食い止める役割を果たした。大量の引火物が保存されているだけに、かえって耐震、耐火構造になっていためだ。
登録店は、通話を優先確保する「災害時優先電話」への加入ができ、▽緊急車への燃料補給、市民への暖房用燃料などの供給▽市民へジャッキやバールなど資機材の貸し出し・などで協力する。今年一月から登録を呼びかけ、市内三百二十五店のうち、すでに百九十六店が参加している。
(社会部・小野秀明、森玉康宏、小山優、菅野繁、東京支社・坂口清二郎)
1999/9/24