神戸・北野、異人館のシンボル「風見鶏(かざみどり)の館」(旧トーマス住宅)。震災で煙突が折れ、レンガ壁や内部に亀裂が入った。
一九九五年暮れ、ようやく修復工事が始まった。神戸の街は少しずつにぎわいを取り戻していたが、北野かいわいは傷ついたままだった。
「建物が見えない上、無地の壁に覆われていては味気ない。工事中、防護壁に明るい絵でも描いたらどうだろう」
いっそ、風見鶏の館の写真パネルを作って張ろうじゃないか。地元の声が市教委を動かした。
話を聞いたフィルムメーカーや建設会社が快く協力を申し出た。観光客や修学旅行生に少しでもいい思い出を持ち帰ってほしい。関係者の思いは同じだった。
九六年夏、パネルは完成した。
当時、神戸市で奔走した村田長俊さん(55)は振り返る。
「神戸のためならと意気に感じて汗を流してくれる人が多くいた。気持ちのこもったパネルが出来上がったとき、ぐっと力がわいてきました」
二〇〇四年秋。青空の下、風見鶏が尖塔(せんとう)に立つ。記憶の中で、あの写真パネルが重なって見えた。
(写真部 三浦拓也)=おわり=
2004/10/19