アスベスト(石綿)を吸引した人にみられる疾患「中皮腫」。その患者らの救済に取り組む「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(東京)が昨年十一月、災害に伴う建物解体で飛散する石綿の対策に乗り出した。神戸大とともに、自治体などに防じんマスクの備蓄を呼びかける「マスク・プロジェクト」だ。
それに合わせ、神戸大で開かれたシンポジウムの席上、同センターの永倉冬史事務局長は訴えた。「混乱する中で復旧復興が優先される災害直後は、石綿に注意を払い建物が解体されると思ってはいけない。阪神・淡路大震災のとき、そうではなかったのだから」
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これに先立つ同二月、不安が被災地を覆った。
倒壊建物を解体した三十代の男性が、中皮腫で労災認定された。
「解体現場近くでテント住まいをしたが大丈夫か」「ボランティアに行ったが病気になるのか」。石綿被害者を支援する「ひょうご労働安全衛生センター」(神戸市中央区)には、三月の報道後、二週間で百四十四件の相談が寄せられた。
無理はなかった。震災直後の被災地では、粉じんの舞う解体現場の傍らを人々が行き交った。石綿を心配する声もあり、マスク姿も目立った。解体作業に携わった男性(42)は「がれきに石綿の吹き付けを見つけた。でも、早く解体しようと必死だった」と証言する。
その後、営業で解体現場を回った芦屋市内の男性(76)が中皮腫で労災申請したことも分かった。
震災による影響が今後、表面化すると考えた兵庫県は、肺がん検診受診者のうち、約十年で症状の出る「良性石綿胸水」発症者の経過を見守ることにした。一昨年の症例はゼロ。だが、鷲見宏疾病対策課長は「引き続き注視する必要がある」と話す。
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震災後の解体は、石綿飛散の恐れのある建物を把握しないまま始まった。その教訓から、建物のデータベース化が進む。
二〇〇五年、尼崎市のクボタ旧神崎工場周辺で住民の石綿禍が発覚した「クボタショック」を機に、神戸、西宮、尼崎市などは、固定資産税台帳の建築年や構造から、石綿吹き付けがありそうな建物を抽出。神戸、尼崎市はパソコンを使い地図上で分かるようにした。
国土交通省は同年、延べ床面積一千平方メートル以上の民間建物約二十七万棟を対象に、所有者に石綿吹き付けの有無を確認する調査を始めた。これまでに一万五千九百九十一棟(県内は五百七十八棟)で石綿が確認された。
同省は六月、二百万棟に上る千平方メートル未満の建物も調査する方針を示した。見つかった石綿の除去を指導しなければならず、実施主体の自治体からは「途方もない作業になる」との声もある。
しかし、どれだけの時間と労力をかけても実態把握は不可欠だ。混乱を極める災害時、大量の石綿飛散を野放しにしないために。(増井哲夫)
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大震災から十四年目に当たった二〇〇八年、自然災害が多発し、新たな防災上の問題も浮上した。警鐘に耳をそばだて、課題を探った。
2009/1/12